2006年 4月12日 最終更新

1000系

(1999年撮影 東急池上線千鳥町駅 1020F 03ゥ蒲田行)

 昭和39年8月に東横線と営団日比谷線の相互直通運転を開始してから7000系を使用していたが、老朽化サービス面の向上を図るため後継車として、1000系をデビューさせた。昭和61年にデビューした9000系と同様、軽量ステンレス車体、ボルスタレス台車、VVVFインバータ制御・誘導電動機採用により、省エネルギー、保守性の向上、運転操作性・居住性・乗り心地の改善を設計理念としている。9000系と異なるのは、日比谷線乗入れ車両のため車体が18m3扉となったこと、VVVFインバータ装置の大容量化し、主制御器1台で、8個の主電動機を駆動し営団日比谷線乗入れ条件を考慮した6M2T編成とした点である。これ以外は極力9000系と同一設計とし、機器の共通化、運転取扱・検修作業性の向上を図っている。必要本数8本を順次製造した後に目蒲線共通予備車として、8両2本(101012F)製造され編成単位を4両にしていた。この際、初のMC車と中間貫通形先頭車が登場し、同時に目蒲線用4両編成5本が投入されたが、こちらは製造当初から、制御方式を1C4Mで登場し、後に池上線へ3両編成に組み替えして投入された。同時に池上線へ投入された1024Fが、ドアセンサーを取付けられている。平成11年末時点では、東横線に日比谷線直通用8両編成8本と目蒲線共通予備用8両編成(4+4編成)2本、池上線に3両編成11本が活躍していたが、平成12年、1012F・1013Fが、双方のデハ1310を入れ替え、一時的に目蒲線へ投入された。その後、TASCワンマン改造を受け、3両編成化された。目黒線開業後は、日比谷線直通用8両編成9本、池上・多摩川線3両編成13本の体制となったが、永らく4+4編成で活躍していた1010Fが、平成15年に休車中であった1362・1363を組み込み、中間に入っていた先頭車と交換、貫通編成化され、同時に制御方式も1C8M化される事になり、1000系初の付随車サハ1051が登場している。平成18年現在では、東横線日比谷線直通用に8両9本、池上・多摩川線用に3両13本と体制が変わらないが、先の編成替えにより1011、1310が長津田検車区に長らく休車留置されている。

「みなとみらい」と1000系

池上・多摩川線と1000系


(東急目蒲線奥沢駅 一時的に目蒲線に貸出されていた頃の1010F 1999年撮影)

(東急東横線自由が丘〜都立大学駅間 1010Fの現在。1000’系と称されている。)

(東急東横線多摩川駅 他の1000系と編成構成が異なり、下り方が電動先頭車や付随中間車が組まれている。)

(東急東横線中目黒駅 1001F 日比谷線直通運用がメイン。)

(東急東横線都立大学〜自由が丘駅間 1003F 下り方面へ運用される際、東横線内は「各停」表示されて運用される。)

(東急東横線新丸子駅 1007F 日比谷線からの直通として、「日吉」「菊名」行がメインとなる。)

(東京メトロ日比谷線南千住駅 1006F 運用によっては、日比谷線内運用も存在し、中目黒行が見られる。)

(東急東横線自由が丘駅 1004F 9000系と並ぶ。相違点が多々あるが、やはり似ている。)

(東急長津田検車区 1010Fの編成替えにより余剰になっている1310・1011号の2両)

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