リッチモンド



 メアリー・リッチモンドは19世紀後半から20世紀初期のアメリカの慈善組織協会(COS)の指導者であり、後に「ケースワークの母」と呼ばれた人物である。その当時、友愛訪問員が貧困者の道徳的改良を主眼としていたことに疑問を持ち、最初の著書「貧困者への友愛訪問」において友愛訪問を「貧困者の家庭の喜び、悲しみ、意見、感情、そして人生全体に対する考え方を共感できるよう身近に知ること」と定義してケースワークの基本的な考え方を提示した。

 また1917年に著した「社会診断」では、主として貧困問題に現れる利用者の社会的困難と社会的要求を把握するために、利用者のおかれている社会的状況とパーソナリティをできるだけ正確に捉えていく方法を指し示した。その過程は、社会的証拠の蒐集→比較・推論→社会的診断と進められ、そのために@利用者との最初の十分な面接、A利用者の家族の早期の接触、B家族以外の必要とされる協力資料源の調査が重要であるとしている。

 そして、1922年「ソーシャルケースワークとは何か」という著書で個別援助活動の方法を明確にした。本書は全部で12章構成となっている。

 リッチモンドは本書第4章において「ソーシャルケースワークは人間と社会環境との間を個別に意識的に調整することを通してパーソナリティを発達させる諸過程から成り立っている」とケースワ

ークの定義をしている。また実際にケースワークを展開していく際には「クライエントの福祉を図っていく場合に、クライエントの参加を保障する」ことが方針であり、ケースワーカーにとってクライエントとの関係は「社会関係と彼とを結ぶ電話交換手のような存在であり、社会機関と連係プレイをしていくことが肝要である」として、個別援助活動の社会的側面を重視した。

 また第7章においては「思慮が欠けた援助」をクライエントに行なうと「扶助を受けることを依存させてしまう危険性」があることについて言及している。

 そして最終章である結論のところでは「ソーシャルケースワークの最高の基準はパーソナリティの成長であり、ケースワーカー自身にとってもパーソナリティの成長が必要である。サービスは互恵的なものであるべきである」として締めくくっている。

 上記のようにリッチモンドはそれまで経験主義的、道徳的な個別援助計画に社会・歴史的視点と科学的・合理的な方法や技術を導入した点で社会福祉援助技術の専門化に画期的な貢献をした。人間の問題の内的な側面と外的な側面を社会的観点から総合的に捉える方法として、面接、記録、事例研究など、今日の社会福祉援助技術の基本的要素を指し示していたのである。

 しかし、リッチモンドの理論はその後の個別援助活動にそのまま継承はされていかなかった。1920年代の個別援助技術は彼女の社会診断の流れを引きながらも第一次世界大戦後、戦争神経症の治療に用いられていたS・フロイトの精神分析学の概念と方法を積極的に取り入れ、後に「診断主義」と呼ばれる流れを形成した。

 「診断主義個別援助技術」の特徴は対象者の問題を病的状態とみて、問題を調査、診断、治療するのは援助者であるという専門化中心の医学モデルをとっている。これに対し「疾病の心理学」よりも「成長の心理学」を重視し、利用者による主体的な問題解決を援助者がそれぞれの「機関の機能」を代表として援助するものであるとする「機能主義個別援助技術」という考え方が台頭し、「診断主義−機能主義」という学派の論争が始まる。

 リッチモンドの理論がそのまま継承されず、上記のような変遷をたどった要因としては、当時の基礎とした諸科学自体が未熟であったことが影響していると考えられる。彼女の理論が個人と社会環境の間に焦点を当てた意義は大きいにもかかわらず、当時の心理学や社会学は、個人か環境のいずれかを捉える方法にしかなりえず、両者の関係そのものに焦点を当てた実践を理論化するための基礎理論を見出せなかったのである。

 ケースワーク(個別援助技術)は、利用者と支援者が面接場面を構成し、利用者の立場から環境を調整し、社会福祉サービスの提供を通じ科学的な過程を積み上げながら、抱えている問題の克服や問題解決を利用者自身の持つ対処能力を強化し支援することで達成しようとするものである。まず利用者に対し「パーソナリティの発達と促進」及び「能力に応じた生活」を目標に働きかけ、一方で援助者は生活環境の不利益の改善を図るために、地域社会のあらゆる資源を動員することが現代における個別援助技術の意義である。

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