人類にとって家族は、最も古くから存在した集団であり、社会の基礎的な集団とみなされてきた。家族にはいろいろな形態や機能があり、また時代によっても異なるもので、これを定義づけるのは困難であるが、日本の社会学の領域において、これまで比較的広く用いられているのは、次のような定義である。「家族とは、夫婦関係を中心として、親子、兄弟、近親者によって構成される、第一次的な幸福追求の集団である。ただし、これらの要件をすべて充足する必要はなく、夫婦の一方を欠く父子のみや母子のみであっても、親又は子あるいは双方を欠く夫婦のみであっても、血縁関係を欠く養親子であっても家族に含まれる。」
家族には、個人の欲求充足に焦点を併せた場合、その機能を次の4種に大別できる。
第一は生命維持機能であり、食欲、性欲、安全や保護を求める欲求など、それが満たされないと生存そのもの、あるいは種の存続そのものが危うくなる恐れのある欲求の充足を狙いとしたものである。これらの欲求は人間が生れながらにしてもつもので、その充足は最も基礎的な機能と考えられる。
第二は生活維持機能であり、その社会における一定の基準に照らして満足の行くような生活を営みたいという欲求を充足するものである。この機能が充足されないからといって生存そのものが脅かされるわけではないが、一定の生活水準を維持できないことは欲求不満や疎外感を生み出し、時には非行・犯罪といった逸脱行動につながることもある。この機能を果たすためには、適正な収支を図ることによって一定の生活水準を維持し、快適な衣食住生活が保障されなければならない。
第三はパーソナリティ機能である。T.パーソンズは、家族にとって本質的な機能として、子供の基礎的な社会化(パーソナリティの形成)と成人のパーソナリティの安定化を挙げている。子供の社会化にとって家族が重要な意味をもつのは、子供が生まれて初めて所属する集団であり、一定の成長を遂げるまでは生活の主要な部分をそこで過ごすからである。人間はいくつになっても新しい知識や思想を自分のものとする能力をもっているので、社会化の過程は生涯継続する。しかし基礎的な社会化は、幼児期において、特に母子関係を通して行われ、パーソナリティの核となる部分を形成する。「家族はパーソナリティをつくる工場である」といわれるのは、一生を通じて変わることのないパーソナリティの基礎的部分が家族のなかで形成されるからである。
第四は自らの力では生活を営むことの出来ない乳幼児・病人・障害者・高齢者等に対する援助、すなわちケアの機能である。この機能はすべての人に適合するわけではないが、自力で生活をすることが困難な人にとっては、家族のケア機能は必要不可欠のものである。
以上、家族の機能について述べてきたが、現実にはこれらの機能がうまく作用していない場合もある。例えば、DVや児童虐待等、本来は外部から守られるべき対象の者が家族内からの危険に脅かされていたり、それらの行為が原因でパーソナリティの形成に多大な影響を受けざるを得ない場合等である。
家族の本来の機能が果たされない要因は各家庭によって異なるものであるが、それらが社会的問題にまで発展してしまうのは、家族の閉鎖的空間が一つの原因だと推測する。人が集団を形成するとき、構成員の親和性と共にその他外部に対する排他性をもってその集団はカタチを成す。それが家族にも当てはまるのではないだろうか。即ち、「他人の家庭には口を出さない、その代わり自己の家庭にも干渉をするな」というルールが、家族の機能に内包されていると考える。
家族は社会にとって最小のコミュニティーであるが、その閉鎖性を助長させるべきではない。この閉鎖性を打開する方法として、地域社会の活動の活発化が有効な策であると思う。例えば、民生員の機能の強化(それに見合った報酬制度)、各地域での社会参加の推進等である。現代は物質的に裕福な時代であり、各家族間で助け合いがなくても生活自体は成り立つ。しかし、その分人間関係が希薄になりつつある。家庭の中で逸脱した社会行為があるとき、その抑止力が働くような地域社会作りが今の社会に求められていると思う。