アメリカ合衆国空軍 戦略爆撃機  Northrop Grumman "Spirit"

【 B - 2 】



B-2



B-2A
スピリット
全長×全幅 21.03m×52.43m
機体重量 45,360 〜 49,900kg
初飛行/実戦配備 1989年7月17日/1993年4月1日
発動機 ジェネラルエレクトリック F118-GE-100(推力8,618kg)×4基
最大速度 764km/h
航続距離 11,675km
乗員 2名
武装 兵装搭載量 最大18,144kg
生産機数 称号 機体ナンバー 正式名称
AV-1  82-1066   Spirit of America
AV-2  82-1067   Spirit of Arizona
AV-3  82-1068   Spirit of New York
AV-4  82-1069   Spirit of Indiana
AV-5  82-1070   Spirit of Ohio
AV-6  82-1071   Spirit of Mississippi
AV-7  88-0328   Spirit of Texas
AV-8  88-0329   Spirit of Missouri
AV-9  88-0330   Spirit of California
AV-10  88-0331   Spirit of South Carolina
AV-11  88-0332   Spirit of Washington
AV-12  89-0127   Spirit of Kansas
AV-13  89-0128   Spirit of Nebraska
AV-14  89-0129   Spirit of Georgia
AV-15  90-0040   Spirit of Alaska
AV-16  90-0041   Spirit of Hawaii
AV-17  92-0700   Spirit of West Virginia
AV-18  93-1085   Spirit of Oklahoma
AV-19  93-1086   Spirit of Kitty Hawk
AV-20  93-1087   Spirit of Pennsylvania
AV-21  93-1088   Spirit of Louisiana

合計21機


 のっぺりとした平面の機体形状に、凶々しささえ感じさせる漆黒の塗装、見る者の角度によってはブーメランのようにさえ見えるこの爆撃機が、ご存知、合衆国空軍の戦略爆撃機B-2である。愛称はSpirit(魂、精神)。あまりの高コストゆえに調達機数が21機まで削減され、機体ごとに固有の名称まで持つことになったステルス爆撃機。
 米空軍は従来のB-52、B-1と同機を合わせて合計6個の爆撃航空団を保有しており、Spirit of New Yorkを除く20機が第509爆撃航空団(509BW)所属となっている。この20機中16機が第13・393爆撃飛行隊(13・393BS)にそれぞれ8機ずつ配備されており、残る4機が整備改修を受けたり、あるいは予備機として使われる形となっている。
 配備間もない頃は初期生産分の機体はブロック10・20と呼ばれる初期量産仕様だったが、現在ではどの機体もLO性(低観測性)向上型のブロック30に改修された。
 B-2Aの兵装は爆弾倉に収められた通常爆弾、あるいは核爆弾で、これらはAARL(新型ロータリーランチャー)かBRU-52/A BRA(ボムラック・アセンブリ)に搭載される。AARLは2基装備でき、これに2000lb級誘導爆弾もしくはB61/83核爆弾を各8発搭載する形となる。また小型爆弾を使用する場合はBRU-52/A BRAを使用して、Mk.81 500lb通常爆弾なら80発、M117 750lb爆弾なら36発、GBU-39/B SDBであれば216発を搭載する。

 B-2の運用部隊である第509爆撃航空団は1993年4月1日付でミズーリ州ホワイトマン空軍基地で編成された。8月27日には最初の飛行隊である第393爆撃飛行隊も編成され、88年度予算で発注された通産8号機(88-0329)Spirit of Missouriが12月17日に到着した。その後、9号機(88-0330)Spirit of California、7号機(88-0328)Spirit of Texasが翌年8月に、以後も94年中に2機、95年に3機が加わって計8機となり、第393爆撃飛行隊の定数が揃うことになる。もうひとつのB-2飛行隊である第13爆撃飛行隊も1998年1月に編成され(この時点では第325爆撃飛行隊)、訓練飛行用の第394訓練飛行隊(394CTS)ほか、整備群、任務支援群、医療群といった部隊と共に第509爆撃航空団を構成した。

 B-2爆撃機の初陣はよく知られているように1999年のコソボ紛争で、3月24日から6月19日にかけてB-2は合計45ソーティ、656発のJDAMを投下したとされている。ユーゴスラビア爆撃作戦"オペレーション・アライドフォース"当時、JDAMの運用能力を持っていたのはこのB-2だけであり、JDAMの実戦投入もまた今回が初めてであった。
 3月24日の初陣では、ミズーリ州ホワイトマン基地を発進した2機のB-2は空中給油を受けつつ13時間でユーゴスラビア領空へと侵入、複数の防空施設や指揮・通信バンカーに合計32発のJDAM、GBU-32/Bを投下、31時間に及ぶミッションを終えて帰還した。アメリカ国防総省はこのB-2の初陣について大成功だったとしている。
 以後、同機はクルヴェナ・ザストヴォ兵器・車輌工場やクリヴォヴォ基地などの飛行場、施設破壊任務を遂行し、目標がインフラ対象物に変更された後も高い能力を証明し続けた。ドナウ川に残された最後の橋2本を目標にしたときにも、それまでF-15EやF-117Aが破壊できなかった橋梁を1機だけで崩落させている。このとき投下された8発のJDAMは、GPS衛星10基が電波視野内にあったこともあって全弾が目標範囲に命中したという。
 これら一連の作戦におけるのB-2のソーティ数はNATO軍攻撃ソーティのわずか1%でしかなかったが、投下爆弾総数の内の11%はB-2によるもので、さらに同機は攻撃開始以後8週間の内にセルビア内の目標の33%を破壊したとも言われ、同機の作戦能力の高さを実証している。
 しかしこのとき、B-2はユーゴスラビア補給調達省ビルを目標にした作戦で誤って中国大使館を爆撃しており、大使館員や中国メディアの特派員数名が死亡―――アメリカは中国に謝罪することとなった。誤爆の原因は、CIAが目標選定に使用した地図が古く、補給調達省が2ブロック離れた場所に移転していたことが記載されていなかったためだという。(この点に関しては、中国がユーゴスラビアにNATO軍の航空作戦の情報を伝えていたため、アメリカ軍が警告として意図的に爆撃したという説があるが、真相は不明)

 アライドフォース作戦後、B-2は2001年のアフガン戦争、2003年のイラク戦争でも投入され、その長大な航続力を活かして長距離爆撃任務を遂行している。後者の作戦ではB-2は49ソーティの任務中、22ソーティをディエゴガルシア島を利用しており、同機初の本国外基地からの作戦となった。
 しかしいかにB-2の航続力が優れているとはいえ長距離作戦任務は搭乗員に多大な負担を強いるため、基地と目標地域の距離を短縮し、乗員の疲労を軽減できるよう海外での基地建設が進められ、イギリスのフェアフォード英空軍基地やグァムのアンダーセン米空軍基地などにB-2用のハンガーが建造されている。
 これによりB-2は中東や中央アジアへの目標に対しては本国から発進する場合に比べて16時間の飛行時間短縮、太平洋・アジア方面の場合では5〜6時間の短縮が実現でき、本国の基地からでも地球上のあらゆる地点に爆撃を加えることの出来る"グローバル・リーチ"と相まって、同機の作戦能力をさらに高めることになる。B-2単機で20億ドル、改修・スペアパーツの調達に毎年度3億ドルという恐るべき高コストの爆撃機でありながらも合衆国空軍が同機を保有し続けている理由のひとつは、こうしたB-2の高い作戦展開能力にあるのだろう。
 21機という少ない数でありながら合衆国空軍爆撃航空団の一翼を担うB-2爆撃機は、海軍との共同作戦演習や複数目標同時攻撃演習といった運用試験を繰り返しながら、近年、さらにその能力を拡大し続けている。  




正面から見たB-2 爆撃機





参考:文林堂 「航空ファン No.639 (2006.3)」
"戦後の名機(B-2)"
"SDB"
"JDAM"





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