第三話 【 神々の黄昏 】
1
超兵器『二号艦』荒覇吐の登場は劇的だった。
それまで沈痛な面持ちで画面を眺めていた将兵たちが、一気に明るさを取り戻す。
「荒覇吐より入電。"我、転移完了。これより敵超兵器を撃滅せんとす"!」
「おお・・・・・・!」
「来たか!」
待ちわびた存在からの報告に、オペレーターたちが声高に応じる。
別海域で行動していた『二号艦』荒覇吐。対超兵器用に開発された超兵器。ヴォルケンクラッツァーを破壊する作戦の要。その超兵器が、ようやく姿を見せたのだ。さらに。
「旗艦・播磨より。"戦闘に遅刻してきた『弟』へ。早く撃て。"」
誰もが完全に無力化されたと信じていた播磨から、応答があった。それも、ちょっとした冗談を交えた反応で。
その効果は素晴らしかった。敗北感に打ちひしがれていたCICの雰囲気が、爆発的に高揚する。
「続けて播磨です。"我、被害甚大なるも戦闘可能。これより『二号艦』の突入を掩護する"!」
「作戦部隊本隊より入電。"全艦突撃。荒覇吐の突入を掩護せよ"!」
「"気遣い無用。この『緑神』に破壊できぬものなし"!」
最後はもちろん荒覇吐からだった。その報告から間を置かず、『二号艦』射撃開始の声が上がる。近接防御機銃と同じ機構を持つ荒覇吐の主砲は、ほとんど速射砲にも等しい勢いで発砲できる。反乱を起こした神大佐の水雷戦隊を吹き飛ばしたのは、この大口径速射砲だ。
旗艦・播磨も射撃を再開していた。船体の各所から黒煙を噴き上げ、火災にその身を炙られつつも、最後の敵に向けてその刃を撃ち放つ。
「作戦部隊本隊、敵超兵器に向けて突撃開始! 最大戦速です!」
大破に近い損害を受けながらも戦闘を続ける旗艦の勇姿は、消えかけていた闘志に火をつけた。砲撃戦では播磨の護衛に終始していた護衛艦が、鎖を解き放たれた猟犬のように疾走する。作戦部隊本隊に所属する七隻全ての護衛艦が、突撃していた。
「艦長!」
我々も行きましょう。そういわんばかりの目が、CICのあらゆる空間から向けられる。
「・・・・・・」
しかし、この艦の任務は旗艦・播磨の護衛だった。遊撃部隊のどの艦よりも長く、播磨と共にいた戦闘艦。旗艦を護衛する艦として最も適任だと判断されたが故の配置だった。その信頼を無為にするわけにはいかない。僚艦と共に突撃したいのは同じだが、艦長たる者が率先して規律を犯すわけには行かなかった。しかし。
「播磨より本艦へ。"我に対する気遣い無用。旗艦の護衛任務は只今より解除。本隊と共に突撃し、敵超兵器を撃沈せよ"!」
それこそ気遣いというべきだった。旗艦・播磨は、その身ひとつで戦闘を継続しようというのだ。傷付き、傾きながらも、この艦を自分に縛り付ける任務から解き放ち、ただひとりで立ち向かおうとしている。その決意を示すかのように、数を減じた主砲を斉射して見せた。
「・・・・・・艦長」
「・・・・・・」
再び視線が集中する。ほんの数瞬、躊躇するそぶりを見せた艦長は。
「機関両舷全速。最大戦速で本隊に続け! 目標、敵究極超兵器!」
「機関両舷全速。最大戦速!」
猟犬は野に解き放たれた。この海域に集結した全ての護衛艦が、超兵器という化物を喰らうために突撃する!
「ヴォルケンクラッツァー発砲。全門斉射です! 目標は―――『二号艦』荒覇吐!」
『覇王』がその牙を剥き出した。突如乱入した新たな艦に、その持てる火力を集中する。
「荒覇吐、目標突入まであと10分!」
スクリーンと操作卓を交互に睨んでいたオペレーターが叫んだ。見上げるスクリーンは、ノイズで薄汚れた戦域表示板ではない。偵察衛星『魔女の目』が送ってくるリアルタイムの映像だ。
荒覇吐は敵超兵器の脇腹ともいうべき位置に出現した。音速を超える速度を持つ艦砲なら、10秒と経たずに着弾する距離だ。戦艦同士の戦いでは、異常ともいっていい状況。至近距離というにも生ぬるいこの位置では、砲弾はほとんど威力を殺すことなく目標に突入する。世界で最も巨大な艦砲を持つヴォルケンクラッツァーに対し、あえてこの位置に"転移"したのには理由がある。
「10分・・・・・・!」
報告を聞いたリンは顔を歪めた。現代戦における10分―――永遠にも等しいじゃないか。その間、荒覇吐は圧倒的な火力を持つ『覇王』と壮絶な殴り合いを演じることになる。荒覇吐は決して砲撃戦に向いた艦ではない。その『特性』ゆえに高い機動力を与えられてはいるが、機動力が装甲の代わりになると信じられていた時代はとうに終わった。
『覇王』の砲弾が落下する。全門斉射。播磨に向けられていたよりも遥かに膨大な鉄量が、一気に海面を埋め尽くす。信管に埋め込まれた炸薬が、その秘めた力を解放する。爆発。噴き上がる人工の滝。荒覇吐の決して小さいとは言い難い船体が、上昇した海面に呑み込まれる。
海は黒に染まっていた。海だけではない。砲撃戦の最中にも凶々しい色を見せ付けていたあの空はすでになく、辺りは一面の闇に覆われている。光学補正が加えられた映像と、かろうじてレーダーで判別できる海域だけが、今はこの艦の目であり、耳だった。
「荒覇吐被弾、艦橋基部に直撃!」
滝の中に爆発を認めた操作員が報告する。『覇王』の誇る大口径砲弾が、接近する『二号艦』の装甲を貫いた。
想定した数値を大きく上回る破壊力を叩き付けられた荒覇吐の艦橋は、爆発が収まらないうちに傾斜し始めていた。海の城郭を思わせる大型艦橋が、足元をすくわれたことで自らの重みに耐えかねたように倒れ始める。
「荒覇吐、艦橋倒壊! 右舷の兵装群が下敷きになっています」
「まずいな。艦橋要員は全滅じゃないか」
『二号艦』の破壊を目の当たりにした南雲がうめいた。舷側の甲板まで押し潰すようにして倒壊した艦橋には、司令塔も含まれている。重装甲で覆われたそこは、南雲の世界では第二の戦闘艦橋とでもいうべき場所だった。
もちろんこちらの世界では戦闘時はCICで指揮を取る。艦橋に立つ場合もあるが、それは航海や入港などに限られる。戦闘が始まれば、主要乗員はCICに集結する。そしてそれは、荒覇吐も例外ではない。
「荒覇吐、主砲連射! 全力射撃です!」
リンが南雲に注釈を垂れるより早く、打撃を受けた『二号艦』が返礼とばかりに発砲する。1万メートルと離れていない距離だ。放たれた砲弾の大半が、ヴォルケンクラッツァーの艦上に降り注ぐ。
「荒覇吐なおも連射! 第六、第七、第八、第九、第十、第十一第十二第十三―――!」
「・・・・・・!!」
圧巻だった。操作員の報告が及ばないほどの発射速度で、荒覇吐の砲口から弾丸が連打される。戦艦並みの大口径砲弾が、速射砲顔負けの速さで撃ち続けられていた。しかも荒覇吐は突撃隊形をとっているために、後部の砲塔は沈黙したままだ。艦首に据えられたたった三基の砲だけで、これだけの発射速度を実現している。
「いったい、どんな機構を備えているんだ」
「・・・・・・」
正直なところ、リンも荒覇吐の全力射撃を見るのは初めてだった。目標の火力を沈黙させるために圧倒的な投射弾量で武装するというのがコンセプトの一端だったと聞いていたが・・・・・・まさかここまでとは。
速射の効果は見事なものだった。
敵のものより軽いとはいえ、重量1トンを超える砲弾が短時間に驟雨のように降り注ぐ。それはかつて、あの超兵器爆撃機が見せた上空からの弾幕射撃に勝るとも劣らない規模だった。
ヴォルケンクラッツァーの艦上に命中を示す閃光が走り、その数は時間と共に一気に増大する。いや、ここまでくると、増大というよりも増殖に近かった。
艦首。主砲。艦橋。甲板。後部砲塔。艦尾。
およそ弾の当たらない所はなかった。『覇王』が荒覇吐に向けた左舷側、そのありとあらゆる壁面を、砲弾の雨が抉り取る。そして、落下する砲弾は荒覇吐のものだけではなかった。
「播磨、第十二斉射弾着!」
手負いの鉄獣が放った砲弾が密度を増すように周辺を叩く。そのうちのいくつかは、荒覇吐の弾丸が撃ち損ねた無傷の部位を直撃して、ヴォルケンクラッツァーの体に刻まれた傷の数をさらに増加させた。
「荒覇吐、第三十四射、三十五、三十六―――」
「播磨、第十三斉射まもなく弾着!」
「四十一、四十二、四十三―――!」
超兵器二隻による弾幕射撃。遊撃部隊の攻撃は止まるところを知らない。
操作員が砲弾の数を読み上げるたびに、ヴォルケンクラッツァーに爆発が発生し、砕かれた船体の一部が四散する。
容赦ない連撃。切れ目ない弾幕。
都市ひとつを完全に廃墟にできるほどの投弾量。
これまでに受けた全ての借りを返すような、そして一切の反撃も許さないような、そんな攻撃だった。
どんな兵器も、これほどの打撃を受けて立ち直れるはずがない。そんな艦はどこにもない。
その艦が、通常の戦闘艦であるならば。
そして、敵は通常の戦闘艦ではなかった。
「ヴォルケンクラッツァー発砲!」
「・・・まだ撃てるのか!?」
オペレーターの叫びは、全員の胸中を代弁していた。
あれほどの連続した砲撃を受けてなお、敵は健在だった。
虫けら
、、、
の連撃など毛ほども効かぬ。そんな意識さえ感じさせる反撃だった。
再び荒覇吐が被弾する。今度は三発だった。
砲塔に一発、中央甲板に二発。特に初弾は致命的だった。発砲を続けていた三番砲塔の装甲を正面からぶち抜き、弾薬庫から引き揚げられたばかりの砲弾を道連れに爆発した。直視できないほど強烈な閃光が迸り、続けて空間そのものを引きずり倒すような振動が荒覇吐を震わせた。大きく鳴動した超兵器の船体が、その損害に苦悶の悲鳴を上げたように見えた。
だが―――荒覇吐は屈しない。
痛みを無視するかのように発砲を続け、それまでと変わらない勢いで『覇王』に弾丸を浴びせ続ける。
播磨も負けていない。『二号艦』の発射速度には及ばないものの、誘導砲弾を用いた正確な射撃で敵の船体に被害を与え続けていた。
双方の砲弾が落下するたびに新たな爆発が発生し、互いの装甲を貫いた弾頭が船体を破壊する。
荒覇吐の甲板が砕け散る。
『覇王』の装甲が舞い上がる。
火炎を帯びて舞う破片が、夜空に映えて美しい。
「これは・・・・・・」
「・・・・・・凄まじいな」
死闘。そう呼ぶに相応しい戦いだった。
第零遊撃部隊が生み出した超兵器。鋼鉄の巨神。神々の戦い。
神々の黄昏―――世界が滅ぶといわれる戦争。
なるほど。ぴったりじゃないか。残念ながら時刻は黄昏を過ぎ、とうに闇に包まれてしまっているけれども。
「ヴォルケンクラッツァーの射撃停止。回頭中。・・・・・・艦首を荒覇吐に向けています!」
「―――!」
鋼鉄の魔神は、その黄昏を終わらせようとしていた。
EMLシステム。播磨を一撃で大破させたあの新型兵器は、その巨大さ故に『覇王』の船体に固定するように据えられている。最初の砲撃戦の際、手数の不利を承知で反航戦に挑んだのは、その射界に播磨を収めるためでもあったのだろう。
そして今、眼前に迫った荒覇吐に、その新型兵器を向けようとしている。主砲だけであの艦を止めることができないと判断したのか、それとも痺れを切らせて一撃で戦いを終わらせようというのか。
どちらにせよ、危険だった。荒覇吐の防御力は播磨とほとんど大差ない。たった一発で『暴君』の戦力の大半を奪い去るような威力だ。しかも、荒覇吐と敵の距離は衝突寸前といえるほど接近している。空気抵抗による威力の減少が望めない以上、荒覇吐の大破は確実だった。
王の意図を阻むかのように、荒覇吐の主砲が咆哮する。放たれた多数の大口径砲弾が『覇王』の船体を捉えるが・・・・・・王の動きは止まらない。
播磨の巨弾が落下する。砲弾のいくつかは確実に敵の重要装甲区画を直撃した。結果は同じだった。
思わずリンは声を上げた。
「まずい。これは―――」
「作戦部隊本隊より指令。"全艦雷撃開始! 超兵器を撃沈せよ!"」
それは光明だった。播磨と荒覇吐の絶え間ない砲撃により、護衛艦部隊はほとんど妨害も受けないまま雷撃射点まで到達した。護衛艦が装備した超音速魚雷は、400ノットを超える速力を発揮する。
僚艦より遅れて進んだため、この艦だけはまだ発射できる位置にはなかったが、前方を駆けていた護衛艦群は一斉に投弾を開始した。
リンがかつて南雲にいった言葉。戦闘機より速い高速魚雷。その真価が、発揮された。
ヴォルケンクラッツァーが回頭を終えるより早く、海面を突き抜けた魚雷が命中する。
艦首、舷側、中央装甲帯、艦尾非装甲区画。その巨体故に、敵は避けることもできないまま魚雷の全てをその身で受け止めることになった。砲弾の落下とは異なる種類の水柱が次々と噴き上がり、その威力が間違いなく敵の水線下で開放されたことを証明する。
そして―――
「本隊、速射砲射撃開始! ・・・・・・
近接防御機銃
CIWS
も発砲しています!」
護衛艦群は、本来大型艦の攻撃には不向きな近接防御機銃まで投入していた。
その機動力を活かして超兵器に肉迫した一部の艦が、速射砲と共に機関砲まで撃ち出している。もちろん有効射程にはほど遠く、弾丸の威力はほとんど期待できない距離だったが、それでも短時間に投射される鉄量は尋常なものではない。その気になれば1分間に3000発以上の発射速度を誇る高性能機関砲だ。文字通り避けようのない被弾面積に覆われた空間は、鉄片と火薬と壁面が粉塵と化す地獄の様相を見せていた。
ここで、ようやく敵が動き出す。
かろうじて被害を免れた小型砲が、小癪な護衛艦目掛けて発砲する。数も発射速度もこちら側のそれには及ばず、火力もその主砲に比べれば遥かに小さいものだったが、それでもまともな装甲を持たない護衛艦にとっては致命的だった。
巨象にまとわりつく羽虫を追い散らすようなひと薙ぎで、二隻の護衛艦が炎上する。
僚艦の被弾を見た護衛艦が照準を変え、敵艦上の小型砲に一連射を浴びせて黙らせた。
複数の砲から一斉に砲弾を浴びせられた砲塔が、原形を留めないほど姿を変える。
―――こざかしい!
『覇王』が唸った。
船体の各部に搭載された大型機銃群が咆哮した。
戦車砲ほどもある砲弾を矢継ぎ早に浴びせられた別の艦が爆発する。護衛艦が装備するCIWSを大型化させたようなその銃塔は、機関砲とも速射砲ともつかない発射速度と威力で本隊を薙ぎ払う。超兵器に群がった
虫けら
、、、
は、その一瞬で沈黙した。文字通り一蹴された本隊との交信が途絶えて消える。
「作戦部隊本隊・・・・・・壊滅!」
「・・・・・・!」
あれほど存在していた護衛艦が、傷付いた王の腕の、たった一振りで消滅してしまった。危険を顧みず接近し、雷撃どころか機銃掃射までしてのけた勇敢な戦闘艦。尊敬と驚嘆を以って讃えるべき戦友は、あの一瞬で蒸発した。
究極超兵器・ヴォルケンクラッツァー。・・・・・・なんて力だ。
本隊の壊滅とほぼ同時に、『覇王』の回頭が終了する。
その甲板に備えられた電磁砲の砲口は、確実に荒覇吐を捉えていた。その弾丸が発射されれば、荒覇吐は大損害を免れない。作戦の要が無力化されてしまえば、この戦いは敗北だ。超兵器を失った艦隊は、もはや『覇王』の敵ではない。そう。たった今、あの勇敢な護衛艦群が薙ぎ払われたように。
荒覇吐を駆逐した『覇王』は、生き残った艦艇全てを呑み込むだろう。深手を負った我々に、それを止める術はない。
『暴君』播磨はもう少し健闘するかもしれないが、それまでだ。あの艦が王を撃沈することなど叶わない。同じように電磁砲を浴びせられ、消滅するに決まっている。
超兵器二隻と護衛艦八隻で勝負を挑んで、この結果。
十対一という圧倒的不利な戦局を、たった一隻で覆してのける戦闘艦。
これが『覇王』。究極超戦艦と呼ばれるに相応しい、超兵器の王の実力―――
「―――だった」
思考の端が、口をついて漏れていた。
オペレーターが、それを証明した。
「荒覇吐―――激突します!」
2
『覇王』は間に合わなかった。
その弾丸が必要な電磁力を与えられて目標に喰い込むより早く、荒覇吐の巨大な鎌首が、ヴォルケンクラッツァーの艦首部分を引き裂いた。
数十万トンに達する重量が、そのまま鉄塊となって突っ込んだ。その規模を例えるなら、自分の住んでいる街ひとつがそのまま島となって別の島にぶつかったようなものだ。そしてその島の先端には、この時代には廃れたはずの巨大な衝角がついていた。
『二号艦』荒覇吐は、その巨大な船体そのものを武器として使用した。その結果。
「ヴォルケンクラッツァー、左舷艦首に大破口! 若干の傾斜が見られます」
王の艦首壁面を削るようにして突入した荒覇吐は、そのまま超兵器の船体中央までめり込んだ。喫水線に沿って生み出された巨大な亀裂に、侵入口を見つけた海水が雪崩れ込む。超兵器同士の間に挟まれて行き場を失った海水が空中に舞った。
「荒覇吐周辺のノイズ拡大!」
異変を察知したオペレーターが叫ぶ。
荒覇吐は、まだ前進を続けていた。戦域表示板のほとんどが見えなくなるほどのノイズを発生させながら、機関を全力駆動させてさらなる打撃を与えようともがいている。その牙で王の身を喰らうように、重い艦首で斬りつける。
だが王は、自身の首筋を噛み砕かれながら座して待つほど寛大な存在ではなかった。
ほとんど動きを止めた荒覇吐に指向可能な砲門が向けられ、発砲する。
完全な零距離射撃。一切の慈悲を与えない強烈な一撃。発砲と同時に被弾した荒覇吐が爆発する。
甲板に打ち倒されていた艦橋が爆砕され、舷側の速射砲が砕け散り、後部艦橋が炎に包まれる。沸き上がった黒煙が荒覇吐の醜態を隠す。
しかし、荒覇吐は倒れない。
至近距離から大口径砲弾の直撃を受けながらも、『覇王』への報復を開始する。
荒覇吐の主砲が咆哮した。操作員が斉射の数を読み上げる暇もなく、砲弾が王の体躯に突入する。爆発が連続する。それだけではない。
「荒覇吐より播磨へ通信です。"砲撃続行せよ。この機を逃すな"!」
CICの空気が凍りついた。それは恐るべき決断だった。
荒覇吐の船体は、ヴォルケンクラッツァーにめり込むようにして停止している。にもかかわらず播磨へ砲撃要請を送るということは―――
凝結する空間。引き伸ばされる時間。重圧と化す空気。
数秒の沈黙。永遠にも等しい静寂の後、旗艦は決断を下した。
「"了解。我、これより砲撃再開す"―――播磨、発砲します」
通信を終えると同時に、播磨が再び砲火の火蓋を切った。
砲撃を免れていた間にも前進を続けていた旗艦の砲撃は以前ほど間を置かずに着弾する。絡み合った二隻の超兵器が、降り注いだ砲弾の洗礼を浴びた。迸る閃光。爆発は平等に発生していた。
「彼らは・・・・・・」
状況を見守っていた老将がつぶやく。あとは言葉にならなかった。
その続きを聞く必要はなかった。そんな暇もなかった。
「ヴォルケンクラッツァー、発砲!」
再び荒覇吐の艦上に閃光が走る。首筋に喰い付いた小癪な敵を振り払おうと、王が牙を突き立てる。砲弾が炸裂するたびに荒覇吐から破片が舞い上がり、船体を染める炎の色が強さを増す。
すでに『二号艦』の艦上は凄惨を極めていた。本来あるはずの艦橋は跡形もなく消滅し、そこに備え付けられたレーダーも、射撃用方位盤も、今は残骸となって甲板に散っていた。海域は黒の帳に包まれているはずなのに、火災で彩られたその周囲だけは何の光源もなしに見ることができる。
射角の関係から荒覇吐を撃てずにいた敵の砲塔が、接近する播磨を撃ち抜いた。電磁砲の損傷から立ち直りつつあった播磨が、その一撃で炎上する。それでも不屈の闘志を見せるように、旗艦は損害を無視して発砲した。着弾した砲弾が荒覇吐もろとも目標に暴力を叩き付ける。
味方から膨大な破壊を振舞われながら、しかし荒覇吐も屈さない。
未だ戦力を維持している火器を総動員し、超兵器に火力の嵐をぶち撒ける。
壊滅した護衛艦部隊の威信を受け継いだように、速射砲、近接防御機銃が撃ちまくる。目標の各所に命中を示す火花が飛ぶ。弾丸が弾かれつつも王の城郭に弾痕を残す。数千発に達する鉄風を浴びせられた司令塔が間断なく揺れ動く。播磨の巨弾が落下して、機銃の仕上げを行なった。
破壊の狂騒は止まらない。
双方の砲口が火を噴くたびに閃光と火薬がその色を奏で、戦場音楽が響くごとに闇はその幕を失っていく。
美しい光景だった。
夜の帳に包まれた戦場の中で、神々はその力を振るい続ける。
煌めくのは炎。輝くのは命。消えるのは存在の欠片。
誰もその結末を知らない。
勝者を待ち受けるのは覇者の栄光か、あるいは破滅への道のりか。
最後までこの舞台に立ち残っていたものが、その結末を甘受する。
播磨が唸る。
荒覇吐が吼えた。
覇王が鳴動する。
超兵器。ただ一隻で一個艦隊に匹敵するといわれた、究極の戦闘艦。
この現実に存在することを許された、ひとつの、夢―――
「究極超兵器、主砲射撃停止! 行き足、止まりつつあります!」
夢の結末が近付いている。
王が膝を屈した。破断した艦首からの浸水が限界値を超えたのか。
(―――いや)
そんなはずはない。あの超兵器が、そんなに生やさしい戦闘艦であるはずがない。
あれほどの巨体を維持するための浮力と機関出力は、播磨や二号艦の比ではない。首筋を切り裂かれ、体のあらゆる急所を痛めつけられたとしても、これほど容易に倒れるはずがない。敵は究極超戦艦。超兵器の王と呼ばれる、ヴォルケンクラッツァーなのだ。
必ず、何かある。
主砲を止め、機関までその動きを止めたとなると、その狙いは限られる。
そしてそれは、EMLシステムではない。電磁砲は確かに莫大な電力量を消費する兵器だが、それは足を止めてまで蓄えなければならないほどひどい量ではない。戦場で行き足を止めるリスクを背負ってまで使うほど、欠陥のある兵器ではないのだ。
EMLシステムではない、何か。
『覇王』にとって、この戦局を打開できる究極の一撃―――
(―――!!)
脳髄で閃くものがあった。砲戦前、艦長から漏れてきたあの言葉。ヴォルケンクラッツァーに搭載された二つの兵器。我々が万全の態勢で挑みながら、一抹の不安を隠しきれなかった理由。その根源。EMLシステムと―――
「艦長!」
「敵超兵器周辺に異常反応!」
異変に気付いたのは自分だけではなかった。
脳裏で閃いたその姿が名称を導くより早く、オペレーターの声が上がる。
その光景は、報告を待つ必要すらなかった。
「オーロラ・・・・・・だと!?」
現象を口にしたのは、異界の老将だった。皺の引いた目を見開き、驚愕に表情を歪めている。
魔女の目が捉えた映像。ほんの数刻前まで『覇王』と『二号艦』を映していた画面が、今は見たこともない巨大な光に覆われている。
「ノイズ反応さらに拡大。計測不能・・・・・・!」
操作員の一人が報告を寄越すが、その声はほとんど耳に入っていなかった。
オーロラ。極光。大気圏に突入した粒子が見せる、光の舞。本来ならこんな海域で目にすることのできる現象ではない。しかし。
オーロラは止まらない。常に流動し続ける。
赤。青。緑。紫。―――何色ともつかない、色彩の海。
黒の空に航跡を残すその光が、不思議で妖しく・・・・・・美しい。
光の海は、究極超兵器―――ヴォルケンクラッツァーを守るように伸びていた。
「・・・・・・艦長!」
自らの役目を思い出したリンが、映像から目を逸らして報告する。
「あの"粒子兵器"です! 奴を止めてください。攻撃を。攻撃命令を!」
オーロラに思考を奪われていた乗員が、その叫びで意識を取り戻す。
あの"粒子兵器"。あれほどまでに我々が恐れる、『覇王』のもうひとつの超兵器。
「全兵装射撃開始! 『覇王』を止めろ!!」
命令は悲鳴に近かった。
操作員が弾かれたように動き出す。
速射砲が射線上に敵艦を捉え、命令を待ち構えていた魚雷が最後の照準補正を行なう。
荒覇吐が主砲を向けた。
播磨が発砲する。
(―――間に合わない!)
リンは敗北を悟った。
全ては、気付くのが遅すぎた。
EMLシステム以上にエネルギーを消耗する粒子砲。
それは、『覇王』が搭載した究極超兵器。
ただ一度の使用で、ひとつの大陸すら破壊するといわれた殲滅兵器―――"波動砲"。
あらゆる戦局を挽回させる、それは最後の超兵器。
「ノイズ反応、臨界値を突破―――!!」
オペレーターが、最後の報告を行なった。
モジュールが、咆哮した。
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