第二話 【 夢幻の水城 】
1
「目標、敵究極超兵器・ヴォルケンクラッツァー!」
必要にして充分過ぎるほどの音量で標的を指定した艦長が次に下した命令は、実にシンプルなものだった。
「SSM-6、全弾発射!」
「目標、敵究極超兵器。SSM-6、全弾発射!」
復唱したオペレーターが制御板と半ば一体化した操作卓を叩き、指令を実行に移す。
発令から数秒と経たない内にコントロール・パネルから発された信号が艦内を巡り、しかるべき場所へ届けられる。命令を忠実に成し遂げた信号は、自らの役目を終えたことを知らせるべく、制御板に埋められたSSM発射ランプを灯らせる。新たに生み出された光点の数は八。これと同じだけのSSM―――
対艦誘導弾
Surface to Surface Missile
が、この護衛艦から発射されたことになる。そして、敵に向けて放たれた誘導弾はこれだけではなかった。
「作戦部隊本隊、誘導弾発射」
「艦上攻撃第一中隊、投弾完了。第二、第三、第四中隊、投弾中」
「戦略爆撃第一分隊、空対艦誘導弾発射。第二分隊、続けて発射」
「旗艦・播磨、第二斉射開始します」
水平線の彼方に存在する敵艦隊に向けて、この海域に集められた全ての対艦誘導弾がばら撒かれた。
水上艦、『暴君』、艦載機、対艦装備の戦略爆撃機。この決戦に備えて集結したあらゆる攻撃部隊が、その刃を抜き放った。
究極超戦艦・ヴォルケンクラッツァー。超兵器の王と謳われるその巨大戦艦を破壊するために。
「さあ、どうなるかな?」
思わず漏れた自分のつぶやきを耳にしながら、オペレーター・リンは脳裏でこの先の展開を読み始めていた。
先に射撃を開始したのは向こう側だが、いかに音速を超える新型誘導弾を用いても数十キロの距離を詰めるには相応の時間が必要になる。こちら側もほとんど間を置かず―――事前に想定していた射撃距離よりは若干離れてしまったが―――応射したため、攻撃の先後そのものはほとんど問題にもならないだろう。艦隊はすでに全誘導弾を射出し終えてしまっているし、付近で滞空していた航空機部隊も運んできた全ての矢を撃ち放っている。こちら側が撃ち出した誘導弾の総数は三桁を超えていた。
数年前、マーシャル沖で異界の戦艦部隊をわずか十発かそこらで撃破してのけた対艦誘導弾。護衛艦が搭載していたのはあの頃と大差ない旧型のものだが、播磨と航空部隊が持ち込んだ弾頭は威力と射程を延ばした新型だった。重厚な装甲を纏った超兵器にどこまで通用するかは分からないが、少なくとも敵護衛艦を葬って余りある破壊力を持っているのは確かだった。
CICの壁面に設置された液晶パネルに目をやると、誘導弾の軌跡を示す無数の光点が乱舞しているのが見えた。
こちらから放たれたのは向こう側へ、敵から発射されたものはこちらに向けて、無駄のない軌道を描いている。四方を壁に囲まれたここからでは分からないが、それぞれ異なる目標を与えられた誘導弾は、黄昏に近付いた陽光を浴びながら、ノイズで薄汚れた、あの何色ともつかない凶々しい空を全力で駆けているはずだった。
隣で佇む異界の老将を見ると、彼はここで展開されているこちら側の戦いに追いつこうと必死でスクリーンを睨んでいた。
電子の目で制御された異界戦闘。特に他意もなく口にした言葉だったが、古典的な戦争体系に縛られたこの司令にどこまで通じたか、正直疑問だった。
南雲司令は確かに無能な指揮官ではなかったが、だからといって(彼にしてみれば)全く未知の戦争世界を理解できたかどうかは別の問題だった。ペーパーテストで優秀だった将官が必ずしも戦場で活躍する有能な指揮官だと限らないように、いくら向こう側の世界でこちらに近しい人間だったとしても、そのことがそのまま異界戦闘への理解に繋がるわけではない。
ただ、観戦武官という立場に過ぎない以上、南雲司令がどれだけこちら側の戦争に通じようと、そのこと自体が勝敗に関わってくるわけではなく、司令が自分から問いかけてこない以上、わざわざこちらから言葉を浴びせる必要もなかった。自分も戦局表示板に視線を移して、状況の推移に集中する。
「敵誘導弾接近中。本隊への着弾まであと120秒」
「艦隊共同防空システム"AEGIS"作動。戦域防空誘導弾、艦首VLSより自動発射。続けて艦尾VLSからの射出を確認」
「本隊所属艦、迎撃開始。SM-4 ER弾、発射中」
接近する敵誘導弾に反応して、艦隊全ての戦闘艦に備えられた共同防空機構が動き出した。
神の盾とも呼ばれるこの艦隊防衛システムは、あらゆる方位から迫る脅威目標に対して迎撃優先度を割り当て、脅威度の高いものから狙撃する機能を持っている。しかもそれは個艦レベルの防衛機構ではなく、有効範囲内に存在するあらゆる艦艇の防備兵装を適時作動させて対処する、艦隊レベルでの防御システムだった。狙われているのが自分であろうとなかろうと、それは自らが守らなければならないと判断した対象全てを守るため、被攻撃艦以外の艦の装備まで遠慮なく使用する。消費される弾薬の数が凄まじいものになってしまうのは欠点だが、その費用に見合うだけの働きをすることは確かだった。今が、そうだ。
本隊に向けて接近した敵誘導弾が、片っ端から神の盾に絡め取られて四散する。
誘導電波照射機
イルミネーター
からの誘導を受けたSM-4が、無慈悲なまでの正確さでもって敵弾頭に突入する。100発近い数で攻め立てた敵弾の大半が、迎撃開始から2分と経たない内に破壊されていた。
「敵誘導弾、残存数26・・・23・・・・・・19。弾着まで90秒」
「本隊所属艦、個艦防空奮進弾発射。さらに熱性放射弾を放出」
「友軍艦、速射砲の射撃を開始」
「RIM-172A発射用意。撃ち漏らしを叩く」
「了解。RIM-172A発射用意」
システムは完璧に作動していた。
味方艦が放った対空誘導弾に捉えられるもの、
熱性放射弾
フレアー
に惑わされて軌道を逸れるもの、速射砲の弾幕に突っ込んで誘爆させられられるもの・・・・・・。その高速を以ってすればほんの1分かそこらで到達できるはずの距離を、ほとんどの弾頭が突破できずに破壊されていく。
目に見えない防御機構―――電波妨害装置の効果も劇的だった。吹き荒れる断片の嵐を潜り抜け、目標への突入を図った誘導弾が、直前で目くらましを受けて海面に激突する。幾層にも構成された砲火網を突き抜けた数少ない弾頭は、各艦に数基ずつ備えられた近接防御機銃が撃ち砕いた。
鉄壁の防御陣。
いかなる侵入者も逃すことなき、神の盾。
「全ての敵誘導弾の撃墜を確認。味方艦への損害、なし」
操作員の報告は、重圧に引き絞られていた周囲の空気を解き放った。
全ての敵誘導弾を撃墜。味方の損害は皆無。決戦における前哨戦としては、望み得る最良の成果といってよかった。
傍らで前のめりになって観戦していた異界の司令も、CICの雰囲気に押されて肩を下ろす。
空間の中央に座る艦長だけが、その貴重な例外だった。
「敵艦隊はどうなった?」
ほぼ同時に発生した誘導弾の応射戦。自分を含めて、乗員の意識のほとんどが迎撃に向けられていたため、こちらの攻撃が着弾する瞬間は見られていなかった。
再び緊張を取り戻したオペレーターたちの視線がスクリーンに集中する。
超兵器の周囲を取り囲むようにして展開していた三隻の護衛艦は、その全てが損害を受けていた。中でもひときわ大きな打撃を受けたらしい一隻は、艦上構造物の大半が破壊され、原形を留めていない上に早くも甲板を波が洗っている状態だった。そう長い時間を経ずとも、海底へ転属することになるのは明らかだった。比較的ましな状況に見える他の二隻にしても少なからぬ損害を受け、発生した火災と浸水の対策に追われて戦闘能力を喪失しているのは一目瞭然だった。
誘導弾攻撃による敵護衛部隊の無力化は、完全に成功したといえる。
だが、肝心の敵超兵器に与えた損害は判然としなかった。超兵器はその大きさ故にスクリーンの少なくないスペースを占めていたが、周辺の護衛艦と『覇王』自身から立ち上る黒煙に包まれて、被害判定が難しい。超兵器から煙が上がっているということは命中弾があったと考えて間違いないはずだが、それがどれだけの打撃となったか、この画面から窺い知ることはできなかった。
艦長も同じ結論に至ったようだ。
「着弾時の映像をスクリーンに出せ。命中直前からで構わん」
命じられた操作員が制御卓を叩き、何度か映像の中身を編集するような動きを見せた後でスクリーンの画像を変更する。
パネルに映された映像は、艦長が命じた通り、敵艦隊が撃ち上げる弾幕を抜けた誘導弾が突入するシーンから始まっていた。こちら側から放たれた数百発に上る対艦誘導弾。その様は、敵が先ほどこちらに向けて発射したあの攻撃を数倍にも増幅し、着弾時間を圧縮して押し込んだような、そんな状態だった。
こちらの世界の戦闘艦は確かに強力な防御力を発揮できるが、それでも一隻あたりが対応できる弾頭の数には限界がある。最初に先頭を進んでいた護衛艦が直撃を受けて炎上し、ほとんど間をおかずに別の艦が爆発した。先ほどの映像で傾斜していた艦に至っては、最初の一弾で対応能力が落ちたところへさらに四発が着弾・・・・・・どんなに優秀な装備と人員を以ってしても沈没を避けるのは不可能だった。
船体の大きい目標、超兵器も健闘したようだったが、撃ち漏らした一発を艦首に受けたのを皮切りに、続々と命中弾を増やしていた。途中から爆発に伴う黒煙が立ち込めてきたために集計は難しくなったが、それでも四発は確実に命中し、直撃必至と思われる弾頭もいくつか確認できた。
「よし、いいぞ。映像を戻せ」
艦長の声で、再びパネルの画像が現在のものに変わる。
「命中弾数と損害状況は分かるか。判別できるだけでいい」
敵超兵器に与えた損害を知りたいのはリンも同じだった。この前哨戦で多くの傷を負わすことができていれば、この後に発生する砲撃戦もそれだけ有利になる。いかに播磨といえど、究極超戦艦と呼ばれる王を相手にどこまで立ち向かうことができるか分からない。少しでも勝率を上げるためには、この段階でより多くの損害を敵に与え、また正確な打撃量を把握することが重要なのだ。
南雲は訊いてこなかったが、自分たちが「魔女の目」と呼ぶ偵察衛星がもたらす映像は、その意味で貴重な存在だった。撃墜される危険の大きい触接機を出すこともなく、こうしてリアルタイムの情報を入手できる価値は計り知れないものがある。無論、その働きに見合うだけの運用コストはかかっているが、それでもこの決戦にあたって「魔女の目」の配備が間に合ったのは幸運だった。
「命中確実と判断されるもの、五発。不確実四発。その内一発は、至近弾の可能性があります」
それまで繰り返し弾着の映像を見ていたオペレーターが報告した。
「命中五発か」
思っていたよりも少ない、というのが正直なところだった。
いくら超兵器といえど、数百発もの誘導弾の飽和攻撃を受けてはもう少し対応が及ばないものだと思っていた。この倍ぐらいの数は直撃させられるというのが、事前に行なわれた試算だったのだが・・・・・・結果は結果だ。我々は、この前哨戦の結果をもとに、この後の砲撃戦を戦うことになる。
(それに)
リンは思った。
命中五発といっても、当たり所によっては今後の行方を左右することにもなる。例えば、射撃用レーダーや誘導弾の
誘導電波照射機
イルミネーター
といった装置は艦上構造物の一部となって突出している。電子戦装備というその性質上、CICや機関室のように分厚い装甲の箱に閉じ込めるわけにはいかないからだ。
もしも命中が確認された五発の内、一発でもそういった電子装備に被害を与えることができていれば・・・・・・そしてあわよくば、それが砲戦用の射撃用装置であれば、案外あっさりと決着がつくかもしれない。弾着修正に手間取る『覇王』。正確な射撃で命中弾を増していく『暴君』。敵超兵器に比べて劣るとはいえ、戦艦二個戦隊分の火力は伊達ではない。大口径砲弾の直撃を受けて悶える超兵器の王。さらに加えられる友軍の射撃。耐え切れず爆発、炎上するヴォルケンクラッツァー。
(さあ・・・・・・どうなるかな)
前哨戦が始まるときと同じ言葉を繰り返しながら、意識は砲撃戦に集約されていく。
「艦長」
報告。
「黒煙が晴れました。敵超兵器に目立った損傷なし」
「ふむ・・・・・・」
スクリーンに映った超兵器の映像を見て、艦長が小さく唸る。
操作員が言うように、ここからでは敵の損傷の度合いは確認できない。いくつかの銃座や艦上設備などが破損し、被害を受けているのは分かるのだが、その戦闘力をどれだけ削ることができたのか、肝心なそのことがはっきりしない。こうしてみる限り、ヴォルケンクラッツァーは大した被害を受けないまま進撃を続けているように、見える。
「敵艦、針路そのまま。速力28ノットまで増速。向かってきます」
オペレーターが報告する。
艦長はうなずいて、そして言った。
「本隊所属艦と共に播磨の周囲を固めよ。総員、砲撃戦に備えろ」
2
夜の帳が近付いていた。
魔女の目から転送される映像に、黄昏と闇の色が混じる。
何色ともつかないあの凶々しい空は次第に光を失って、拡大する黒に呑み込まれていく。
敵艦の接近を告げるオペレーターの報告が、薄暗い空間に短く響いた。
「敵超兵器、針路178、速力29ノット。播磨との距離、およそ5万9000」
旗艦・播磨は前哨戦を終えた直後に位置変更を行ない、『覇王』との砲撃戦に備えた態勢を整えていた。
誘導弾を撃ち尽くした護衛艦は、決戦の際に播磨の足手まといとならない位置まで後退し、超兵器の背後を守るような隊形になっている。
超兵器戦艦『暴君』播磨は、通常戦艦二個戦隊分の火力を誇る双胴戦艦だ。
単胴艦に比べて大きい搭載量を活かして大口径の3連装砲を8基、合計24門備えている。射角の関係からその全てが一斉に射撃できるわけではなかったが、それでもその投射火力は軽いものではない。敵超兵器が搭載する主砲に比べれば多少威力は劣るものの、砲門数と発射速度においてアドバンテージがある以上、決して引けをとらない戦力であるはずだった。
播磨の力はそれだけではない。高度に発達したデータリンク・システムにより、偵察衛星と空軍の観測機による気象データを射撃諸元に組み込み、弾着の精度を上げるという機構まで装備している。数万メートルに達する長距離砲撃戦では、発射された砲弾は成層圏近くにまで到達しつつ落下する弾道を描くため、高々度の気象条件も無視できない影響を及ぼしてくる。似たような装備は敵側も保有しているはずだが、こちら側で言う魔女の目のようなシステムがこの戦域に存在しないことは確認されており、この面においても播磨に分があるといっていい。
「両艦、なおも接近中。距離5万6000」
「・・・・・・」
操作員が続けてくる報告を片耳に捉えながら、オペレーター・リンは思考を続けていた。
『覇王』ヴォルケンクラッツァーが搭載する主兵装は、3連装4基、12門の主砲と垂直発射管に収められた対艦誘導弾。そして新型のEMLシステム。
この内の誘導弾に関して言えば、その大半を先の前哨戦で使ってしまっているはずだった。よしんば残弾を隠していたとしても、優れた艦隊防空機構を持つ護衛艦がこれを撃ち落とす。数百発に及ぶ同時飽和攻撃ならいざ知らず、たかだか一隻が放つ誘導弾攻撃など、艦隊の全力を出すまでもなく容易に迎撃できる。口径の大きい12門の主砲は脅威だが、播磨とて超兵器の片割れだ。砲弾を完全に防ぐことはできないが、一発二発の直撃を受けたところですぐに戦闘力を失うわけではない。運良く先に播磨の砲弾が致命傷を与えられれば、勝利の杯はこちらに転がり込むかもしれない。
さらに速射性に優れる荒覇吐の主砲があればより自信の程もつくのだが、砲戦によって敵にどれだけの打撃を与えられるか判然としないために、『二号艦』の参加は見送られた。荒覇吐は、あの艦にしか成し得ない手法で『覇王』に立ち向かうべく、別海域で行動している最中だった。当面の間、勝敗は播磨とヴォルケンクラッツァーの一騎打ちに賭けられる。
(となると、やはり問題は敵が装備するEMLシステムと―――)
「あの"粒子兵器"はどうなっている」
問いかけは、リンに向けて発されたものではなかった。
「現在のところ、敵艦上で不審な兆候は見受けられません」
応じた人間とは別の操作員が、続けて報告してくる。
「ノイズ計測値にも異常なし。反応は通常のままです」
「彼我の距離、5万3000まで接近」
「・・・・・・」
望んだ答えを得られなかった艦長が、無言のままスクリーンを見やる。
そう。それこそが、播磨と『二号艦』荒覇吐、そして無数の支援艦艇と航空機部隊という圧倒的戦力を持ちながら、自分たちがあの超兵器を恐れる理由だった。
『覇王』ヴォルケンクラッツァーに搭載された二つの兵器。EMLシステムと、あの"粒子兵器"。
その構造と理論の一部はリンも知っていたが、実用化に際しての問題を解決できず、こちら側での開発は停滞していた。しかし敵はそれらの装置を配備している。それが果たしてシステムの完成を意味するのか、あるいは試作状態のまま搭載したのかは分からない。ただ、敵が装備している以上、それらは使えるものとして認識し、対処しなければならない。
(とはいえ―――)
その二つの試作兵器を知るものとしては、対処といわれても打てる術がない。
その上、リンの乗る護衛艦は直接砲撃戦に参加する意図はない。互いに2トンを軽く超える大重量砲弾で殴り合うような戦闘に、小さな速射砲程度の余力しか持たない護衛艦が参入したところで犠牲者を増やすだけだ。対艦用の超音速魚雷も装備してはいるが、射程は短く、誘導性能も期待できないために肉迫した魚雷戦を強いられることになる。
結局のところ、前哨戦が終わった時点であとは超兵器同士の砲撃戦に全てが委ねられたのだ。
そして、その瞬間は刻一刻と近付いてきている。
「距離、5万1000!」
操作員の声音が高まる。
CICに存在する乗員たち全員の視線が、スクリーンに映された播磨とヴォルケンクラッツァーに集中した。
長大な砲身を高く掲げ、見るもの全てに畏怖と羨望を感じさせる巨大な艦上構造物。映像こそ魔女の目が送る俯瞰視点のものだったが、間近でその威容を見せ付けられたことのある人間にしてみれば、超兵器が纏うその重厚で長大な体躯は、まるで―――
「・・・・・・城のようじゃないか」
それまで沈黙を守り続けてきた異界の老将が、静かに言った。
「この現実に存在することを許された、ひとつの夢。夢の
水城
みなしろ
・・・・・・」
そうつぶやきながら見せるその表情は・・・・・・戦闘前に甲板で見た、あの羨望とも憎悪とも取れない不思議な眼差し。
我々とは異なる世界に存在した、もしかすれば出会わなかったかもしれない異国の将軍。
超兵器によって運命を狂わされた、哀れな老将。
超兵器同士の最後の戦闘を前にした彼の胸中には、どんな想いが渦巻いているのだろう。
この現実に存在することを許された、ひとつの夢。・・・・・・なるほど。面白い。
夢の中ではどんな存在も許される。現実的な具象も、あり得ないはずの現象も。
超兵器というあり得なかったはずの夢に蹂躙された彼らの世界は、もしかしたら我々のことをそんなふうに思っているのかもしれない。
超兵器。
我々がこの手で生み出した、悪夢の象徴。
夢という、ある意味で都合のいいものにその存在を委ねることでこの現実を受け入れたとするならば。
まもなく終わろうとしているこの夢の戦闘艦たちは―――
「夢幻の水城、というわけか」
南雲に悟られぬよう小さく息をついた。その瞬間。
「距離、5万!」
「旗艦・播磨、射撃開始!」
「敵超兵器、発砲!」
始まった。
超兵器という夢の終わり。・・・・・・夢の終わりの、始まりだった。
3
「播磨、第一斉射弾着まで50秒。敵弾、こちらも50秒ほどで落下します」
映像を解析するオペレーターが律儀に報告する。
捜索用レーダーと連動した戦域表示パネルに、発射されたばかりの両者の砲弾が示されていた。音速を超える速度で放たれた大重量砲弾は、それぞれが保有する砲門数の半分。つまり、播磨が12発、ヴォルケンクラッツァーが6発を発射したことになる。
異国の海軍がやっているような各砲塔1門ずつの砲撃・弾着修正・斉射に切り替えという撃ち方ではない。
理由は、ある。
「弾着まで15秒。播磨、第二斉射を開始」
最初の砲弾が落下するのを待たずして、旗艦は二回目の射撃を行なっていた。
播磨を示すサインの付近にいくつかの光点が発生し、数十秒前に飛び抜けていったものと同じ軌跡を描きつつ、それは高速で目標への突撃を開始した。
「急斉射か。乱暴な射撃だな」
感想を口にしたのは、南雲忠一だった。
液晶パネルから目を逸らさないまま、眉をひそめていってくる。
「敵に焦っているのが丸分かりではないか」
「この場合はこれでいいのです」
反射的にリンは応じていた。
事前にある程度の情報を得ているとはいえ、実戦におけるヴォルケンクラッツァーの実力がどれほどのものか定かではない。噂されるほど強力ではないかもしれないし、あるいはその二つ名に恥じぬほど膨大な戦闘力を秘めているかもしれない。敵の実力が未知数である以上、こちらの損害が少ない内にできるだけ砲弾を叩き込んでおく方が、その後の展開を有利なものに変えられる。
それに、播磨の射撃技術は決して稚拙なものではない。播磨自身の射撃指揮能力と、魔女の目が送ってくる精密射撃用諸元を利用したデータリンク・システムを甘く見てはいけない。仮にも無人戦闘艦として計画された以上、あの艦は人の手を経ずしても敵艦に砲弾を命中させられる力を持つ。『暴君』の異名は伊達ではない。播磨の完成後、射撃実験を行なったときの主砲命中率は、通常戦艦のそれと比べても全く遜色のないものだった。
疑いの目を向ける南雲にそうした事象を説いている内に、その証明ともいうべき時間に到達した。
「第一斉射弾着―――今!」
対象を上空から映した俯瞰映像は、物体を下から眺め上げる煽り構図と違って迫力に欠けるというのが一般的な評価だったが・・・・・・眼前に描かれた着弾映像は、そんな常識を完全に覆していた。
敵超兵器を囲むように発生した巨大な水柱。
カメラから見て超兵器よりやや手前に落下した砲弾が吹き上げたその高さは実に見事で、敵艦の艦上構造物の一部をほとんど覆い隠していた。
続けて、別の砲弾が海面を抉る。爆発。海水で構成された巨大なビルが現出し、それが砕け始める前にその他の砲弾が次々と着弾、爆発が繰り返される。さらに。
「敵弾弾着―――今!」
「・・・・・・!」
ほとんど同じ光景が、播磨の周囲でも発生していた。
本来の形とは全く逆方向につくられた人工の滝。その数こそ播磨の手数には及ばなかったが、大きさだけならばこちらの方が遥かに巨大だった。超兵器の王が持つ、尋常でない砲火力。その威力の大きさが、そのまま滝の規模となって表れている。
(こんな砲弾の直撃を受けたときには・・・・・・)
まさしく、一撃で粉塵と化すことだろう。後悔を感じる暇もないまま、瞬時に消し飛ばされるに違いない。いや、それとも薄い装甲板を突き抜けて反対側の海へ突入するだろうか。
どちらにせよ、大した威力というべきだった。戦闘艦としては最高レベルの防御力を与えられた播磨でさえ、この一撃には耐えられないかもしれない。もしも播磨が瞬時に戦闘力を失うようであれば、我々はこの無力な護衛艦であの王に立ち向かうことになる。戦場において数は重要な要素だが、超兵器のような敵が相手ではその威光も色褪せる。それでなくても、通常艦が超兵器に勝つのが困難であることは明らかだった。『二号艦』の参戦が望めない現時点において、播磨の無力化は敗北と同義語だった。
幸いにもオペレーターの報告は、リンの心配を杞憂に終わらせた。
「播磨に直撃弾なし。全て遠弾となった模様」
そして。
「敵超兵器に命中弾、二。艦首と艦橋基部にそれぞれ一発です」
「おお・・・・・・!」
砲戦を見守っていた操作員たちから感嘆の声が漏れた。リンもその例外ではない。
「播磨、第三斉射開始。第二斉射の弾着まで20秒」
「初弾から、直撃二発だと」
驚愕を言葉にしたのは南雲だった。続ける。「なんて技量だ」
「播磨は誘導砲弾を搭載していますからね。決戦に間に合ったのはわずかな数でしたが、それでも効果は無視できないでしょう」
そんなつもりではなかったのだが、この口がいつもの調子で解説を始めてしまっていた。
偵察衛星『魔女の目』が持つ射撃用データリンク・システム。それを利用した誘導砲弾の開発は、すでに超兵器が生まれる前から始まっていた。
一般社会で言うところのGPS機能―――電波を利用して現在位置を知る機能と、対空射撃等に用いられる電子誘導機構を組み合わせた新型砲弾。用途こそ異なるものの、その発想は南雲の世界におけるVT信管のそれに近い。
大口径砲の発射に耐えられるだけの抗甚性を持つ電子機器の開発に手間取ったものの、一度完成してしまえばあとは量産するだけの代物だ。敵超兵器の動きにあわせて作戦が発動されたため、十分な数を積むことはできなかったが、それでもその効果は歴然だった。
「第二斉射―――弾着!」
再びスクリーンに巨大な滝が出現した。その数は、先ほどのものよりも少ないように見える。それはつまり。
「敵超兵器に命中弾、四。至近弾、一」
驚くべき命中率だった。
砲戦が行なわれる条件によって数字は異なってくるが、この距離での砲撃戦の命中率は最良の状態でも5パーセントを超えることはないといわれている。南雲の世界における対空砲火の命中率ほど極端な数字ではないが・・・・・・戦艦同士の砲撃戦というのは、他の人間が想像するよりも幻滅を誘うものなのだ。
一方、播磨がこの二斉射までに達成した命中率は、実に25パーセント。24発中6発が直撃という、ほとんど奇跡にも似た数字が達成されていた。状況を眺めていた南雲の表情は、これ以上ないほど呆然としたものになっている。
その顔がさらに歪んだものに変化するまで、それほど時間はかからなかった。
「第三斉射、弾着。直撃弾、三。第四斉射着弾まであと30秒」
「ヴォルケンクラッツァー発砲。第二斉射。45秒で着弾します」
「播磨、続けて発砲。第五斉射です」
「・・・・・・圧倒的じゃないか」
道化師にも似た表情でスクリーンを眺めながら、南雲がつぶやいた。・・・・・・圧倒的。その表現は、あながち間違いではなかった。
初手から多数の命中弾を得た播磨は、完全に勢いに乗っていた。誘導装置を組み込まれた砲弾を次々と送り込み、数十秒の時間の経過と共に超兵器の王と謳われた存在から様々な構造物を剥ぎ取っていく。艦首機銃座。装甲板の破片。副砲と思しき物体。細切れになった内火艇。
播磨が叩き付ける鋼鉄の嵐が巻き起こるたびに、ヴォルケンクラッツァーの艦上に閃光が走り、そこに据え付けられていた物体が塵に変わり、新たにつくられた傷を隠すように黒煙が立ち込める。
時計はすでに海域が夜に呑まれつつあることを示していたが、光学補正が加えられた映像はそれまでと変わらない精度を維持しており、敵艦の上で発生する暴力は何の妨げも受けないまま、魔女の目を通してスクリーンに投影されていた。
「敵第二斉射、着弾。播磨を挟叉。命中弾なし」
「旗艦、発砲。第六斉射」
「第四斉射、命中弾、二。第五斉射、まもなく弾着」
「・・・・・・」
南雲の言葉ではないが・・・・・・まさに圧倒的だった。
ヴォルケンクラッツァーの射撃速度は驚くほど低く、初めこそその威力で乗員の心胆を寒からしめたが、それだけだった。
播磨が続々と砲弾を繰り出すのに対し、敵はまだ三回目の射撃すら実施していない。播磨の半分どころか、三分の一という発射速度だ。あの艦が自動装填機構を備えていないはずはないから、撃たない原因は装弾以外の何かなのだろうが・・・・・・。
「第五斉射弾着。命中弾、一。左舷中央部に落下した模様。損害程度、不明」
「・・・・・・」
何か釈然としないものを感じる。静か過ぎる、というべきか。
究極超兵器。覇王。ただ一隻で一個艦隊に匹敵する超兵器の、王。
(・・・・・・この程度か?)
そんな思いが生まれていた。
ヴォルケンクラッツァー。この世界で生み出された究極の戦闘艦。最強の超兵器。
優れた射撃システムを保有する『暴君』―――超兵器一号艦の砲撃に手も足も出ず、このまま消えていくのではないか。
画期的な新兵器が実戦で役に立たないのはよくあることだ。それまで繰り返し使い込まれ、運用・整備マニュアルが充実した従来の兵器に比べて操作員たちの慣熟度が低く、開発された環境とは異なる海域で戦うことを余儀なくされた新装備は、時として失敗作の烙印を押されるほど酷い信頼性を示すことがある。将兵たちが、カタログ・スペックで能力に秀でた新兵器よりも、多少戦力に劣る旧式装備にこだわる理由がそれだ。
いつ作動するか分からない奇妙な新兵器と、慣れ親しみ、作動不良を起こしても自身の手で修復ができる旧来の装備。
戦場で自分の命を預けるときどちらを取るか考えてみれば、その答えは明らかだ。
そして、この空間に存在する乗員たちは、これと同じことを感じ始めている。
(・・・・・・)
危険だった。
すぐにでも正さなければならない空気だった。
乗員たちは敵を侮り始めている。あの超兵器が、その信頼に値しない兵器と同じような存在だと思い始めている。
今、この海域で敵に一方的な暴力を叩き付けているあの『暴君』が、我々に最初に示した態度が『欠陥兵器』だったことを思い浮かべながら!
「第十斉射着弾。命中、二発」
「播磨、第十一斉射開始。弾着まで40秒」
相変わらず敵は静かなままだ。二回目の射撃を終えた後、一切の射撃を止めてしまっている。何故だ。
命中した砲弾の数は大したものだ。すでに十発を軽く超える直撃を受けているにも関わらず、動きが鈍った様子はない。並みの戦艦ならとうに廃艦になっていてもおかしくない程の鉄量を浴びせられながら一向に堪えた様子を見せないのは、大したものというほかない。さすがは究極超戦艦。超兵器の王にふさわしい強靭性だ。
しかし、一切反撃をしないというのが分からない。映像を見る限り、ヴォルケンクラッツァーの主要兵装は何の損害も受けていない。分厚い装甲に守られた主砲塔は播磨の弾丸を弾き返し、その長大な砲身は常に『暴君』に向けられたままだ。にもかかわらず、あれ以来反撃する素振りも見せようとしない。ただひたすら撃たれながら、その歩みを止めずに近付いてくるままだ。
「両者、なおも接近中。距離、3万9000」
「・・・・・・」
嫌な予感がした。寒気、いや、悪寒といった方がいいか。
嵐の前の静けさ。直前で知らされた台風の接近。あるいは何もないはずの夜中に、一人で目覚めたときのあの感覚。
この感情をどう説明できるだろう。この空気。この感覚。この雰囲気。
知っているはずなのに分からない。気付いているはずなのに感じない。
もどかしい。何故だ。
自分はこの感覚を知っている。知っているはずなのに、何故だ、思い出せない。
これは・・・・・・この、背筋を得体の知れない何かが這い上がるような気持ち悪い感覚は―――
「超兵器発砲―――!!」
悲鳴は一瞬だった。
次の瞬間、敵ではない別の艦を映していたスクリーンが、爆発した。
4
「―――!!」
言葉にならない悲鳴が上がった。
爆発したのは播磨だった。
それまで、一方的に敵超兵器を殴り続けてきた『暴君』。圧倒的優位に立っていたはずの双胴戦艦は、瞬きをする間に、爆炎を噴き上げる塊と化していた。
「な・・・・・・」
「状況報告!」
意味ある反応を起こしたのは艦長だった。動揺するオペレーターをその怒号で収束し、混乱の中に命令という秩序を放り込む。
試みは成功した。
「旗艦・播磨、爆発。被害状況は不明」
「敵超兵器より何かの物体が高速で射出されたようです。レーダーで捉えられたのは一瞬だけでした」
「・・・・・・なるほど」
艦長の唇が奇妙な形に捻じ曲がった。笑っているらしい。
「EMLシステムか。本当に実用化していたんだな」
「EML・・・・・・」
「本国が開発を断念した、あの・・・・・・?」
囁きは短い時間で空間全てに浸透した。操作員たちが口々に、顔を見せ合って言葉を交わし始める。
本来ならば諌めるべきだった。直接戦闘に関わっていないとはいえ、作戦行動中の私語は厳罰ものである。しかし、ある意味で艦長の目論見は当たっていた。
正体不明の攻撃で動揺したオペレーターたちに一定の方向性を与えることで正気を取り戻させるやり方だ。一歩間違えればさらにひどい混乱を招くことになるが、その名をあらかじめ聞かされていた乗員たちは思惑通りの反応を示してくれた。
「EM・・・・・・なんだって?」
ただひとり、その単語に馴染みのない異国の客人を除いては。
「EMLシステム。従来の火薬による方式ではなく、電磁力を利用した加速を得る射撃装置です」
異界の事情にうとい南雲にも分かる語彙を頭の引き出しから探りつつ、リンは言葉を続ける。
EMLシステム―――正式に与えられた名は、Electro Magnetic Launcher という。
その構造をひどく乱暴にいってしまえば、伝導物質から成る二本のレールの間に弾丸を挟み込み、電流を発生させて磁界をつくり出し、その作用によって弾体を加速・射出する装置。一般には電磁砲、あるいはレールガンという方が通りがよい。
ローレンツ力という電磁作用を利用したこの装置の利点は、なんといっても弾体の加速に上限がないことだ。従来の火薬による運動エネルギー兵器では、その威力を増すためにどうしても大口径化を強いられる。
物質の破壊力ともいうべき運動量は(細かい条件を抜きにしていってしまえば)砲弾そのものの重量か、あるいは命中時の速度を増すことで増大する。しかし砲弾を大きなものにしてしまうと、その分速度が落ちてしまうし、逆に速度を速めようとすれば砲弾を軽くするか、火薬の量を増やすことになる。しかし装薬量を増やすことは砲身命数を削り、その発射に非常に神経を使う兵器に変化することを意味している。そして兵器にある程度の耐久性が求められる(戦場で常に理想とする補給が得られ続けるとは限らない)以上、こうした兵器の発達は一種の抑制を余儀なくされている。
EMLシステム―――レールガンは、この火薬に変わって電磁力を利用する構想から生まれた、新たな技術体系の申し子だった。
詳しい機構を話し出すとそれこそキリがないため仔細を省くが、その威力は、比較的小型の試作品ですら秒速数キロという驚異的な速度で弾丸を撃ち出すことが可能という恐るべきものだった。しかも電流量を調整するだけで砲弾の初速を変更でき(火薬式だと装薬量から変えなければならない)、いわゆる迫撃砲的なものから榴弾砲、加農砲のような弾道までひとつの砲で実現できるという事実は、レールガンが従来の火薬式火砲に代わる新時代の主戦兵器として期待されるのに十分な力を持っていた。
しかし、弾体のプラズマ化、砲身構造材の損傷といった技術的に解決困難な問題に直面し、実用的な威力・サイズに収める目処が立たなかったこともあり、開発は停滞を余儀なくされた。レールガンは確かに優れた兵器だったが、その性能に見合うだけの欠点を有してもいた。例えば、その異常ともいえる超高初速を実現させるためには、大規模な発電所が丸ごとひとつ必要とさえいわれている。
技術的な問題もさることながら、いくつかの都市をそのまま抱え込めるほど膨大な電力量を用意しなければならないという現実的な壁が、EMLシステムの実用化を阻んでいた。
電磁砲がどんなに巨大な威力を持っていても、たかが一戦闘艦にそんな大がかりな発電所を搭載してまで装備させるのは、実質的に不可能だった。
不可能、なはずだった。
「しかし、敵はそれを実用化していた」
冷たく言い放った南雲の言葉に、リンはうなずいた。
兵器として実用的ではないが、開発は不可能ではない。そして、敵は兵器としての信頼性に目をつぶることで、実用化に成功した。
『覇王』が持つ巨大な船体と、王自身を動かすための大出力を実現する超兵器機関。『通常兵器』として数を揃えられないのであれば、数を必要としない『超兵器』として配備すればいい―――そういうことだった。
そして。
「敵超兵器、発砲! 主砲射撃再開しました!」
これまで沈黙してきたのは、砲弾の発射に必要だった莫大な電力量を溜め込むための芝居だったというわけだ。
(まんまと・・・・・・騙された!)
全く、驚くべき失態だった。
これまで幾度となく超兵器と刃を交え、その戦闘力を自分の身で思い知っていたはずなのに・・・・・・目先の一方的な光景に意識を奪われて、その力を侮っていた。
敵は究極超戦艦。『覇王』ヴォルケンクラッツァー。
ただ一隻で一個艦隊に匹敵する超兵器の、頂点に君臨する存在なのだ!
「そうか・・・・・・」
思い出した。得体の知れない生き物が背筋を這い回るようなあの感覚。つかめるはずなのにつかめない、そんな違和感ともいうべきあの歪んだ雰囲気は。
表示パネルの一角を睨みつける。思った通りだった。
輝点で示された敵超兵器の表示が、奇妙に歪められている。
おそらく南雲はその正体に気付いていないだろうが、ノイズは超兵器が出現するときに発される動力波では、ない。モジュール機関がその膨大な力を発揮するときに現れる奇妙な波紋。それがノイズだ。そしてこのノイズは、空間にも干渉できる異様な力を持っている。超兵器が、通常兵器では絶対にあり得ない"転移能力"を持っているのはこのためだ。
モジュール機関がその能力を大規模に展開させたときに発生するノイズ。それが空間に干渉を起こし、そして、あの光のゲートが発生する。そのゲートをくぐってしまえば・・・・・・あとは知らないはずの、あの見知った世界だ。南雲からしてみれば、そこは帰るべき懐かしい祖国となる。
「敵第三斉射、弾着―――今!」
再びあの巨大な滝が出現する。膨大な破壊力を叩き付けられた『暴君』から無数の金属片が舞い上がり、間を置かずに火柱が噴き上がる。
眼前のスクリーンの中で、爆発に身悶える旗艦の姿を眺めながら、リンは思った。
・・・・・・その懐かしい祖国に、果たしてこの司令は帰ることができるのかな。
「播磨、被弾。大規模な爆発が発生した模様!」
「旗艦と連絡を取れ。指揮権喪失に備え、序列確認!」
「敵超兵器さらに発砲!」
「荒覇吐はまだか!? 突入部隊はなにをしている!」
再び混乱が発生していた。作戦部隊の旗艦でもあり、また砲撃戦の要でもあった播磨が炎上したことで、オペレーターの戦意が砕かれ始めている。
こんなはずではなかった。
戦況は我々に優位に展開していたではないか。
何故こんなことになった。二号艦はまだ来ないのか。
待て。司令部の確認が先だ。まず播磨との交信を優先しろ―――
「みんな落ち着け! 落ち着くんだ!」
事態を収拾すべき艦長も、今度ばかりは完全に逆上していた。
一撃で播磨を沈黙させた『覇王』の真価。それまで展開されていた圧倒的優位な戦況の中にも立ち込めていた一抹の不安が、旗艦の爆発を機に、最悪の形で噴き出していた。
それぞれの報告が錯綜し、さらに混迷の度合いが増してくる。
外は暗闇。
月明かりすら存在しない、夜の世界の、暗い海。
頼るべき灯台の光さえ見失った重い空気が、CICを包んでいた。
「播磨にさらに直撃弾! 被害甚大!」
『覇王』の砲弾が、追い討ちをかけるように播磨の巨体を押し潰す。
発砲炎とは異なる閃光が発生。船体の各所で播磨の鋼板が捲れ上がり、高く空中へ舞い上がる。激痛に耐えかねるように身をよじった瞬間、再び砲弾が落下。被弾を免れていた区画へ突入し、破壊の嵐を巻き起こす。爆発。
「・・・・・・」
リンは唇を噛み締める。
やはり我々では勝てないのか。衛星兵器に誘導砲弾。機動部隊航空隊。果ては空軍の戦略爆撃機までこの作戦に投入しておきながら、この体たらく。
無人戦闘艦計画。プロジェクト"Harima"。自身の手で生み出した鋼鉄の悪夢を破壊する、贖罪のための戦い。超兵器を破壊するためにつくられた最強の戦闘部隊。第零遊撃部隊―――その末路が、このざまか。
なんと無様な。
なんと哀れな。
自分で生み出した夢に囚われた愚かな集団。
異界で神のように恐れられてきたことで、自分たちの実力も忘れてしまったのか。
どんなに最良の装備を整えたとしても、究極超兵器に勝利できる確率が楽観できるものでないことを、自分たちはあれほど理解していたというのに。
第零遊撃部隊と、最後の超兵器。
敗北して夢幻の水城と成り果てるのは・・・・・・我々の方だったということか。
「敵第四斉射着弾!」
「播磨、依然応答ありません!」
「敵超兵器周辺のノイズ反応拡大。戦域表示板、判別不能!」
・・・・・・パネルに映された『覇王』を示す表示が読み取れなくなっていた。
超兵器機関が発するノイズが巨大化し、周囲の空間に干渉を始めた証拠だった。
EMLシステム―――レールガン。あの一撃を喰らってしまえば、播磨はもう二度と、立ち直ることはできないだろう。一度目の被弾で戦闘力の大半を喪失し、度重なる砲撃で深手を負った播磨に、あの弾丸を受け止める力はない。今でこそ沈没を免れているが、これ以上の打撃は今度こそ、完全に播磨の息の根を止めてしまうことになる。
そして我々にそれを防ぐ手段はない。
SSMは前哨戦で全て使い果たしており、超音速魚雷も有効射程にはほど遠い。
よしんば無理を承知で雷撃を実施したとしても、たかが数本の魚雷であの超兵器を止めることは叶わない。『覇王』の横腹に魚雷が突入するより早く、あの神速の弾丸が『暴君』の息の根を止めることだろう。
その結末は、すでに明らかだった。
「夢の終わり、か・・・・・・」
どうやら世界は、あの『覇王』と共に生きることを望んだらしい。
そういうことだった。
「・・・・・・」
そういう、はずだった。
「・・・・・・?」
現実は、絶望を退けた。
「ノイズ反応、さらに拡大! これは―――!!」
「まさか―――」
そうだった。そんなはずがないのだ。
EMLシステムが必要とするのは、弾丸を撃ち出すための莫大な電流量であって、超兵器機関が生み出すノイズではない。そんなものは必要ない。あの最初の一撃を喰らう直前に、ここまで強烈なノイズは観測されていないのだ。このノイズはEMLシステムのそれではない。絶対に、そんなものでは、ない。
これは。この強大な干渉波の正体は―――
「総員、対衝撃防御!!」
艦長の号令と、爆発的な突風が発生したのはほぼ同時だった。
一面の海原を突き破って噴出した気圧差が、周囲に存在したあらゆる空間を薙ぎ払う。それは、突風というより衝撃波だった。
「―――来た」
突風と荒波に揉まれ、大きく傾斜する護衛艦の奥底で、オペレーター・リンはつぶやいた。
この兆候。この反応。この現実。
この世界に存在する誰もが恐れながら、この海域に存在する全ての味方将兵が待ちわびた現象。
スクリーンに映された周辺の画像に、超兵器だけがつくり出す巨大な光を見据えたまま。
オペレーター・リンは、希望に満ちた口調でその名を呼んだ。
「超兵器二号艦―――荒覇吐!!」
第三話 【 神々の黄昏 】
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