第一話 【 終焉の戯曲 】





「艦上攻撃第四中隊、攻撃予定空域に到達」
「戦略爆撃第二分隊、まもなく第一分隊と合流します。合流後は第一分隊と共に攻撃開始まで該当空域にて待機」
「魔女の目、予定区域に到達。索敵開始します」


 通された空間は、自分が知る戦闘指揮所という概念から遥かにかけ離れた様相だった。
 肌寒さを感じるほど効かされた空調。新月の夜かと見紛うほど薄暗く灯された照明。部屋の中央から正面に向けて放射状に展開する複数の映像板。その中でも一際目立つように置かれた大型板には、付近のものらしい海域図やこの艦の設計図と思しき画像が投影されている。
 南雲が何よりも驚いたのは、そのうちのいくつかの映像には鮮明な色彩まで付いており・・・・・・上空から撮影したらしいカメラ・フィルムに収められた艦隊が波を掻き分ける様までもが映し出されていたことだった。

「コンバット・インフォメーション・センター。我々がCICと呼ぶ、戦闘艦橋です」
 こちらの表情を楽しむような声色を浮かべて、オペレーターが言った。
「向こう側の言葉でいうなら、中央戦闘指揮所、あるいは戦闘情報司令室とでも呼ぶべきでしょうかね」

 我々の世界では、艦長はここに詰めて指揮を執ります。艦の奥深くに設置されているので、多少の弾片程度で傷付くことはありません。播磨のような大型艦になれば二重三重の装甲板に囲まれますから、大口径砲弾の直撃を受けても指揮継続に支障ありません。ああ、ただし本艦は小さな艦ですので、まともな一撃を受けたらそこまでの防御力は発揮できないんですが云々・・・・・・。
 半ば自慢しているようにも聞こえるオペレーターの言葉を耳にしながら、ようやく眼前の光景から意識を引き戻す。

「・・・・・・これが、戦闘艦橋、だと?」

 信じられん。それが、胸中に沸き起こった正直な感想だった。
 重厚な敵大型艦との砲撃戦を想定した戦艦には、こうした装甲板に囲まれた司令塔というものが存在する。過剰とも思えるほど重防御を施されたそこは、多少の直撃弾にも耐えられるようにできているし、大口径砲を備えた敵戦艦と戦うには、そうした区画がどうしても必要になる。たった一発の砲弾で指揮能力を失う戦闘艦など、実戦では何の役にも立たない。しかし、だ。

「これでは、周囲の状況がまるでつかめないではないか」

 リンが誘導したこの戦闘艦橋とやらは、完全な密室だった。密室という言い方が悪ければ、映画館と言い換えてもいい。
 一切の窓が存在しない空間。やや高めに設定された天井と、画像板を一望できるように並べられた椅子の配置。制御卓のような盤面の近くに座った操作員は、まるで音響や緞帳を操る黒子のようだ。映し出された映像をもっとも見やすい位置に置かれた特等席は、艦長のものだろう。ただ、映像板は部屋のどの位置から見ても画像が判別できるような配置になっていて、艦長席と操作席の違いは大したものではない。
 しかし肉眼で艦外周の様子が確認できないという点においては、どちらの席も条件は全く同じといってよかった。生じた疑問を口にする。

「これで臨機応変な指揮が取れるのか。これでは、対空戦闘のような速い展開についていけないだろう」
「これが、我々の戦い方なのです」

 不敵な笑みを浮かべたまま、オペレーターが答える。
「異界での戦闘は、こうした設備がないと役に立たないのです。あなた方の世界が肉眼で行なわれる戦闘なら、我々のそれは電子の目で制御される戦闘といってもいいでしょう」

 電子の目。これはまた、奇妙なことをいう。
 そんな表情が顔に出ていたらしい。リンは教え子に諭す教師のような口調に変えてきた。

「マリアナ決戦での戦闘を覚えていますか。・・・・・・ああ、超兵器爆撃機との戦闘ではなく、敵機動部隊から襲来した攻撃隊との間で行なわれた方ですが」

 もちろん覚えている。旗艦・大鳳をはじめ、小沢中将率いる機動部隊本隊を守るべく、艦隊は全力で米攻撃隊を出迎えた。

「その際、敵攻撃隊の接近を探知したのは誰でしたか。大鳳ですか。夕張ですか」
「・・・・・・」

 そこまで言われただけで、その先の展開は読めた。
 なるほど、確かにあのとき、もっとも早く警報を発したのは、小沢機動部隊の艦ではなく、第零遊撃部隊の護衛艦だった。
 帝国海軍のものより優れた性能を持つ電探と無線装置を装備した護衛艦は、単機侵入をかけてくる敵索敵機すら正確に探知し、直掩隊と共同でこれを撃破していった。機動部隊の一部の艦にも電探は搭載されていたが、こちら側のものは探知範囲、稼動性に問題を抱えたままの欠陥品で、中にはまともに敵を探知できないまま対空戦闘に突入したものもあったという。
 そして実際の戦闘においても、遊撃部隊はあの海域に存在した艦艇の中でも最高の能力を発揮して見せた。全方位同時攻撃。雷爆連合攻撃隊。直掩網を突破した敵はあらゆる手段を用いて対空砲火の分散を図ったが、対応が後手に回る帝国海軍の防空艦を横目に、遊撃部隊の艦は完璧な護衛を成し遂げた。超兵器爆撃機との戦いで護衛艦がやられなければ、その後の航空戦で沈められた二隻の空母も生き延びていたのではないか―――そう囁かれているのはまぎれもない事実なのだ。

「なるほど。その電子の目が、遊撃部隊の実力の源というわけか」
「電探の性能だけが全てというわけではないのですが」
 肩をすくめて、リンが言った。
「少なくとも電子戦能力に秀でた側は、あのとき見せたような効率的な戦闘が可能になる、ということです」
 速射砲、誘導弾といった兵装面もさることながら、そうした電子戦技術を保有しているという事実が、帝国海軍と遊撃部隊との戦力差の、ひとつの要因ともなっている。
 言外にそうした含みを示してから、リンは一度その口を閉じた。

「・・・・・・」

 これが第零遊撃部隊。異界から訪れた不思議な戦闘集団。これまでたった数隻の護衛艦で圧倒的な戦闘力を見せ付けてきた異界兵器の力。・・・その矛先がこちらではなく、合衆国側に向いていたことに感謝すべきなのだろう。

 だが、第零遊撃部隊はもう、帝国海軍の味方ではない。
 あのマリアナ決戦の傍らで、神大佐が台湾沖事件を引き起こしたことで、遊撃部隊は大日本帝国を、「超兵器を保有する意図のある」敵性国と認識した。

「第零遊撃部隊は、超兵器の敵。超兵器に与する存在は敵となし、彼らと戦うものの味方となります。我々は、それ以上でも、それ以下でもありません」

 共戦協定―――第零遊撃部隊構想ゼロ・ノートを結ぶに当たって、遊撃部隊司令官ナギはこの一言を響かせたという。
 遊撃部隊はあくまで超兵器を破壊するための集団であり、大日本帝国を補佐する支援部隊として現れたのではないということ。そして帝国が超兵器を保有する勢力となるならば、遊撃部隊は祖国の敵となって戦うという意思の表われだったのだろう。
 そして事件後、ただちにゼロ・ノートの破棄が通告され、遊撃部隊はその後一切の共同作業を停止した。幸いにもマリアナ決戦から間をおかず太平洋講和条約が締結されたために大きな影響はなかったものの、一歩間違えていれば、祖国の本土は、遊撃部隊の保有する超兵器によって焦土と化す危険性をはらんでいた。
 結局、遊撃部隊は破棄通告以上の行動に及ばず、上層部もそれ以上問題を複雑化させることはなかったため、事態は遊撃部隊全部隊の撤退という形で終結した。
 その敵性国の人間である自分を異界に招き入れることに許可が下りたのは少なからず疑問ではあったが・・・・・・そこには何らかの意図が働いているのだろう。異界の姿を目の当たりにするという自分の希望が叶えられている以上、それは問題にすることではない。

「・・・・・・」

 オペレーターの視線を感じて、意識を内側から外側へ移し変える。

「・・・・・・?」
「司令」
 南雲が怪訝を声に出すより早く、少年が口を開いた。

「我々と同じ過ちは繰り返さないで下さい。あの大佐のように、超兵器を保有しようなどという馬鹿げた考えだけは、祖国に帰っても持たないで下さい。絶対に・・・・・・」
 こちらの雰囲気を読み取ったかのように、異界の水兵は深刻な表情を浮かべていた。

「超兵器を生み出したのは私たちです。こちら側の戦争にあなた方の世界まで巻き込んでしまったのは我々の責任です。それが意図してなかったものだとはいえ、その事実に変わりはありません」
「・・・・・・」
「これは贖罪なのです。超兵器という悪夢を生み出してしまった我々が、その夢に終止符を打つための戦いなのです」

 贖罪。悪夢。終止符。・・・・・・夢。
 祖国の海でこの若者と同じ戦場に立ったとき、彼らが常に口にしていた言葉。
 超兵器。ただ一隻で一個艦隊に匹敵するといわれた、究極の戦闘艦。
 この現実に存在することを許された、ひとつの、夢。

「そうか・・・・・・」
 これは贖罪。彼らが、彼ら自身で生み出してしまった鋼鉄の悪夢を終わらせるための戦い。
 負けて夢魔に囚われたままの世界となるか、打ち勝ってあの美しい朝焼けを迎える世界となるか。すべては、この一戦にかかっているのだ。
 自分とは異なる世界に生まれた少年兵。

 その双眸に、ひとつの決意が浮かんでいた。


「長く続いてきたその戦いも―――これで、終焉です」









 意思の表明と共に訪れたわずかな沈黙。
 空間の片隅で行なわれた一連のやりとりが休止したのを捉えて、制御卓についていた操作員の一人が声を上げた。「艦長」
 短い呼びかけ。この薄暗い空間―――CICの中央に鎮座する男の注意を引き付けたことを確認したオペレーターが、そのまま報告を続ける。

「まもなく合流地点です。本艦の前方、方位320に水上艦反応。数、八」
「IFF照合―――作戦部隊本隊と確認。全艦、扇状に展開中」
「本隊より一隻が進路変更、こちらに向かってきます。規定通り、戦艦播磨の護衛に当たる模様」

 操作員からの報告を受けた艦長が応じる。「了解」

 どうやら作戦部隊本隊との合流を開始したらしい。
 それなりの緊張の中に漂い続けていた艦内の空気が、少し軽くなった印象を受けた。
「合流できたからといって気を抜くなよ。警戒を続けろ。敵潜の兆候を見落とすんじゃないぞ」

 この艦を統べる人物は、多少なりとも神経質な性格であるらしい。友軍と合流したことで緩みがちになった空間を、その一言で締め上げる。
 適度の緊張を維持することは必要だが、しかし少々気を張り詰めすぎなのではないか。集中するという作業はそれだけで神経を消耗させる。戦闘開始までにはまだ時間があるのだから、今は体力を温存しておくべきなのではないか。いざ戦闘に突入したときに集中を欠くようでは、本末転倒というものだろう。そんな印象を受けた。
 肩越しにオペレーターを振り返ると、少年は慣れたように口端を歪めた。ああいう方なのでしょう。そんな表情だった。
 そんなものなのだろう。実際に操作員たちは気にした様子もなく、それぞれの作業に戻っている。友軍艦の接近を知らせる声が、静かに響いて消えた。
 返す言葉も見当たらず、視線をオペレーターから外す。対象を決めかねた視界が捉えたのは、正面の板に映された戦況板だった。

 映像には自分たちが座乗する護衛艦と僚艦播磨、そして徐々に距離を詰める遊撃部隊本隊の位置関係が表示されていた。
 漏れ伝わってきた情報を聞く限り、周辺には遊撃部隊以外の戦闘艦は存在しないらしい。正面前方に展開する水上艦が作戦部隊本隊だというから、おそらく画面中央に見える二つの光点が我々で、その上に広がるのが友軍なのだろう。本隊は扇状に隊列を整えているようだが、そのうちの一隻は本隊を離れてこちらに近付いてきている。これが、先ほど報告にあった播磨の護衛艦なのだろう。

(なるほど・・・・・・・確かにこれは)
 便利かもしれない。わざわざ机上に海域図を広げて彼我の位置関係をあれこれと記入していくよりも、こうして画像板に展開して一見できるようにする方が、流動化する戦局に対応できる。従来の目視と海図記入に頼る帝国海軍のやり方では、どうしても対応が遅くなる。速度の速い航空機と対峙した場合、その差は歴然としたものになるだろう。現に、マリアナ決戦で米攻撃隊の包囲攻撃を受けたとき、小沢機動部隊は効果的な艦隊運動、対空砲火を実施できなかった。その一方で、こうした設備を持つ遊撃部隊の護衛艦は、実に的確な反撃で敵攻撃機を撃破していった。
 もちろんそれは、高性能の電探とそれに連動した処理機能―――眼前に投影された表示設備だけでなく、これを実現するに足る電子技術から生産力、運用組織の整備、操作員の訓練に至るまでの一連の機構―――があってこそ成立するものであり、やり方を知ったからといって帝国海軍がすぐに模倣できるような代物ではないわけだが・・・・・・

(そうか、そういうことか)

 それこそが、遊撃部隊の本当の強さなのだろう。ただ単純に兵装面で優れているだけでなく、こうした一連の、組織技術力、とでもいうべき力に秀でていることこそが、彼らの真価なのだろう。帝国海軍は確かに優秀な装備を持ってはいるが、その装備の性能だけに目を向けてしまっていて、こうした(数値で示しづらい)面に関してはほとんど興味を示さない。対空用電探を実用化し、それを艦艇に搭載するところまでは実施しても、ここまで徹底した電探の利用手段を整備するという発想そのものはないといっていい。
 帝国海軍と第零遊撃部隊。
 同じ戦闘集団でありながら、その組織としての実力差を改めて見せ付けられた気がした。


 再び意識を表示板に移す。
 思考をまとめている間にも、状況は動き続けていたらしい。本隊との合流を果たした艦隊は、播磨を後方に従えつつ進撃を続けている。 二隻の護衛艦に両舷を守られた戦艦も、足並みを合わせるようにして進んでいた。
 播磨を示す光点の周囲にだけ奇妙な色彩が混じって見えるのは、超兵器だけが発するというノイズが原因なのだろうか。
「補佐官」
 ふと思い当たることがあって、オペレーターを呼ぶ。
 すでに自分は戦隊司令を解かれているのだから実際にはリンは補佐官ではないのだが、気がついたらそう口にしてしまっていた。そもそも自分が司令と呼ばれているにも関わらず今まで気付かなかったのだから、今更というか何というか。少年もそのことに思い当たったようだが、訂正することなく応じてきた。

「なんでしょう、司令」
「作戦に参加する超兵器は、播磨だけなのか」

 どうしてもそれが気にかかっていた。
 向こう側の世界を離脱するとき、播磨とは別にもう一隻の超兵器も同行していたはずだった。二号艦。緑神。確か、そんなふうに呼ばれていた。

「ああ、荒覇吐ですか」

 オペレーターはうなずいた。荒覇吐。そう、そんな名前だった。台湾沖事件の際、完全に包囲されてしまった播磨を解放するように出現した超兵器。苦し紛れに発砲した駆逐艦を、主砲の一連射で紙のように引き裂いたと聞いている。現場に居合わせたわけではないから実際の様子は分からないが、少なくとも播磨に匹敵する戦力であるのだろう。
 にもかかわらず、件の超兵器戦艦は姿を現さない。遊撃部隊の人間が決戦と評するほどの戦いにあの艦が参加しないというのは腑に落ちない。超兵器の王とさえ呼ばれている敵を前にして手勢を控えるほど、遊撃部隊は甘い集団ではないはずだ。
 予想は半ば的中した。

「荒覇吐は、いうなれば真打ですから。あの超兵器はもっと重要な局面で出現する手はずになっています」
「・・・・・・」
 どこかで見たような展開。以前にも似たようなことがあった気がする。・・・・・・そう、思い出した。サイパン沖で、超兵器揚陸戦艦と対峙したときだ。
 迎撃戦を目前にして機関不調を訴えた播磨の到着が遅れ、連合艦隊が独力で敵超兵器に立ち向かう羽目になったサイパン沖海戦。第一戦隊の武蔵が遠距離砲戦で迎え撃ち、撃破されたところで播磨が出現、あっさりと敵を炎上させてのけた。『暴走』のおかげで壮絶な結末を迎えることにはなったが、あのとき最初から播磨が参戦できていれば、結果はもう少しましなものになっていたはずだ。
 今回も同じような事態にならないだろうか。
 いや、あのとき被害を受けたのは連合艦隊だったが、この作戦に参加しているのは全て遊撃部隊の艦だ。すでに帝国と袂を分かった異国の艦隊。それが傷付いたところで、自分たちが負債を背負うわけではない。ただ、作戦の失敗は祖国帰還の可能性が減少することに繋がるため、あまり好ましいことではないのであるが。
 こちらの表情を荒覇吐への疑問と捉えたのか、オペレーターが補足するように言ってきた。

「荒覇吐は播磨と違い、最初から対超兵器戦を考慮してつくられた艦です。播磨の教訓も踏まえてモジュール機関への対策を施していますから、『暴走』する危険性もありません。『二号艦』の名は、伊達ではありませんよ。心配は無用です」

 二号艦。超兵器と戦うことを考慮してつくられた戦闘艦。荒覇吐。
 その超兵器の頂点に君臨する存在を敵にして、果たしてどこまで立ち向かえるのか。
 不安は拭い切れなかったが、今更引き返せる状況ではない。すでに作戦は始まっているし、その危険を承知でなお、同行を願ったのだから、部隊への不信ともとれる思いは胸の奥に押し込んでおいた。

「甲板でもお話したように」
 こちらの胸中に気づいているのかいないのか、オペレーターはそのまま言葉を続けてきた。
「我々はあらゆる戦力をこの海域に投入しています。超兵器はもとより、後方の空母機動部隊、空軍の戦略爆撃機に衛星兵器・・・・・・」
「・・・・・・衛星?」
「大丈夫。我々は勝ちます」

 こちらの小さな疑問の声に気付かなかったように、リンは続けてくる。

「勝って、この戦いに終止符を打って見せます。そのために我々は、ここに集まっているのですから」
「・・・・・・」

 望みの薄い戦いであることは分かっている。だからせめて、こうして気迫だけでも負けぬように言い聞かせているのだ。
 人間が多大な困難に直面したときに見せる、自己暗示と懇願のような口調・・・・・・読み取った印象にどんな言葉を返すべきだろうか。その判断に迷っている内に、その機会は別のオペレーターからの報告で失われてしまった。リンの決意に揺さぶりをかけるかのようなタイミングで出されたそれは―――


「魔女の目、敵艦隊を捕捉。艦隊中央部に巨大なノイズを確認。・・・・・・超兵器です」


 これより始まる鋼鉄の宴、その開幕を告げる合図でもあった。







 表示板に映された映像は、控えめに言っても大したものだった。
 敵艦が波濤を掻き分ける様はもとより、船体に備え付けられたあらゆる兵装から艦上構造物までもが、まるで間近で目の当たりにしているかのような精密さで表現されている。
 あの播磨すら凌駕しているのではないかと思えるほど巨大な体躯。長大な砲身でも収めているかのような棺の上には、多数の機銃座が装備されている。その後方には用途の分からない円盤状の物体と、背負い式に配置された超大型の主砲塔。一段低くなったその両舷には、異様に砲身の長い砲座らしきものが突き出されている。艦中央部に構えた艦上構造物の中に煙突らしきものは見当たらず、この艦が、南雲の知らない未知の機関で起動していることを示していた。
 艦尾に進むにつれて大きく広がる甲板には、艦首に積まれたものと同じ主砲塔。多少の余裕が見えた空間には、異界の戦闘艦の多くが装備しているという誘導弾の垂直発射筒らしき装置が確認できた。

「・・・・・・これが」

 これが、『覇王』。
 ただ一隻で一個艦隊に匹敵するといわれた超兵器―――その頂点に君臨する存在。
 第零遊撃部隊がつくり出し、そして破壊するために追い求めてきた異界兵器。
 壮麗にして重厚。妖しくも美しい超兵器の王。
 究極超戦艦・ヴォルケンクラッツァー。


「敵艦隊、速力20ノット、針路175。約40分ほどで規定交戦距離に入ります」
「総員、戦闘配置」
 報告を受けた艦長が下命する。
「全兵装射撃準備。最終点検を怠るなよ。旗艦発砲と同時に全弾発射だ」
「了解。全兵装、最終自己診断作業開始」
「僚艦との射撃用データリンク開始。統制射撃戦用意」

 指令を受けた操作員たちが一斉に動き出す。
 それまで緊張の中にも穏やかさを保っていた空間が引き締められ、剃刀のような鋭さを帯びた空気が重圧として圧し掛かる。

「いよいよですね」
 傍らに控えるように立つオペレーターが言った。
「敵艦隊の護衛艦は三隻。『覇王』の実力がどれほどのものなのか見当もつきませんが・・・・・・少なくとも最初の一撃であの護衛部隊は潰せるでしょう。いくら防御火力に優れるこちら側の艦であっても、数百発に及ぶ誘導弾の飽和攻撃を受けて対処できるはずがありません」
「誘導弾・・・・・・マーシャル沖で米戦艦部隊を撃破した、あの誘導弾か?」
「ええ。我々通常艦が搭載しているのはあのときと同じものですが、今回は播磨と航空部隊も加わります。どちらもより威力の大きい新型を装備していますから、うまくすれば超兵器に打撃を負わせることもできるでしょう」
「そうか」

   目前に迫った対超兵器戦。武者震いによるものだろうか。いつもは軽口を叩いてのける少年も、今度ばかりは緊張に呑まれているように見えた。

「艦首甲板VLSチェック完了。対空・対潜誘導弾共に異常なし」
「SSM-6 発射管診断、2分後に終了予定」
「ECM装置作動確認。問題ありません」
「Mk.43 速射砲、近接信管装着完了。いつでもいけます」

 時間の経過と共に、操作員たちから準備完了の報告が届けられてくる。
 第零遊撃部隊が装備する兵装については多少の知識を持っていた南雲だったが、目の前で交換されていく情報の大半は聞いたこともない単語の羅列だった。開戦当初から異界兵器に関わってきた者として、自分が帝国海軍の中でも彼らに詳しい人物であるという自負はあったが、それもこの瞬間の内に大部分が消えてしまっていた。

「射撃用データリンク完了。SSM-6 の診断終了次第、射撃可能です」
「艦尾近接防御機銃CIWSの作動を確認。迎撃準備よし」
「魔女の目が異変を探知。敵艦隊増速。現在23ノット。針路変更なし」
「了解」

 眼前に映し出された映像に、白波を蹴立てて前進する超兵器の姿が見える。
 別の画像板からは友軍艦隊と敵の配置が見分けられた。鋭利な三角形のかたちをしたいくつかの矢が、徐々に距離を詰めていく。自艦隊と敵艦隊の間に設けられた横長の線は、報告にあった規定交戦距離の目印だろうか。操作員の報告が正しければ、そう遠くない内に戦闘が開始されることになる。

「敵超兵器の主兵装はEMLシステムと12門の大口径砲・・・・・・初手から大きな失敗でもしない限り、播磨でも対抗できる。大丈夫・・・・・・我々は勝てる・・・」

 思わず南雲はオペレーターを凝視した。隣から漏れてくる低い声音。これまで、この少年が祈りにも似た表情を浮かべることなどあっただろうか。
 こちらの視線に気付いたリンが、少し弱気な顔つきを見せて言った。
「・・・・・・待つ時間は長いですね。実際に戦闘が始まってしまえば、この空気も楽になるのでしょうに」
「・・・・・・そうだな」

 実際に戦闘が始まってしまえば・・・・・・そう、この空気も楽になるのだろう。
 鉄量と火薬が支配する戦場。その只中に飛び込んでさえしまえば、余計な感情は消え失せる。明確な殺意を持って叩き付けられる砲弾の雨を縫い、硝煙と砲声にまみれた海面を走りながら、自分たちは勝利と生還を求めて戦い続ける。生きて祖国の大地を踏み、あの懐かしい空気を吸うために。あるいはまた、あの大切な郷土を守るために。
 戦いが始まるまでの、この瞬間。
 旅愁の念と、敗北への恐怖が身を押し包むこの時間が、自分は一番嫌いだった。
 全ての始まりとなったあのハワイ作戦。もしあのとき、機動部隊を率いていたのが自分でなかったら。あるいは、長官に命じられたときに就任を拒否していれば。自分がこうして異界を訪れることもなかったのだろう。怪しげな爆撃機に襲われることもなく、この幼くも小生意気な少年に出会うこともなかっただろう。今頃は祖国の海で、連合艦隊の再建について頭を抱える静かな空間の中にいられたかもしれない。これまでの戦いで大打撃を受けた海軍を立て直すのは容易ではない重責だろうが、講和条約が結ばれたあの世界で砲煙弾雨を潜り抜けることはないはずで、それを思えば、今こうして異界の海にいることを、多少の後悔と共に考え直したい気分にもなる。

 しかし。
 もう後に戻ることはできない。
 自分は超兵器と出会ってしまった。
 あのハワイ沖で爆撃機に遭遇したあの瞬間から、こうなることは決まっていた。
 帝国の命運をかけた、乾坤一擲の大作戦。
 世界最強の空母機動部隊を率いることを受け入れたあの瞬間から、自分は超兵器と関わることを決められた。

 超兵器。
 ただ一隻で一個艦隊に匹敵するといわれた戦闘艦。
 もしかすれば、自分と関わることはなかったかもしれない異界の艦。
 この現実に存在することを許された、ひとつの、夢。

 その夢が、まもなく終わろうとしている。
 第零遊撃部隊と、超兵器の王・・・・・・この戦いがどちらの勝利に終わっても、この夢はひとつの結末を迎える。
 それが夢の続きであるのか、あるいは夢の終わりとなるのか定かではないが―――

 少なくとも自分は、もう二度とこの夢と交わることはないだろう。
 そのことを保障する根拠はなにひとつ浮かばないにもかかわらず、不思議と、そんな思いだけははっきりしていた。


「艦長。まもなく規定交戦距離に入ります」
「よろしい。旗艦発砲まで待機。合図と同時に、攻撃開始だ」
「了解。旗艦発砲まで待機します」
「SSM-6 スタンバイ。射撃用兵装、準備よしシステム・オールグリーン

 決戦距離が近付く。
 異界が生み出した鋼鉄の巨神。超兵器との戦いが、始まろうとしている。
 戦いの始まりは、終わりの始まりでもあった。超兵器という存在の、終わりの始まり。



「敵艦隊、誘導弾の発射を開始! 本艦隊に向けて接近中!」
「来たか・・・!」

 艦長が応じる。

「全兵装使用自由。誘導弾を叩き落とせ!」
「旗艦・播磨より信号。"全艦戦闘開始。敵超兵器を撃沈せよ!"」
「播磨、対艦誘導弾発射開始。続いて僚艦、射撃開始!」

(・・・・・・)
 夢の終わりが始まった。
 第零遊撃部隊。自分とは異なる世界に存在する、異国の戦闘集団。
 超兵器という悪夢に終止符を打つために、彼らは剣を抜き放った。

 贖罪。悪夢。終止符。夢。
 超兵器。この現実に存在することを許された、ひとつの、夢。
 異国の艦長が放った一言が、この薄暗く光る空間に響いて消えた。







目標:敵究極超兵器

 ヴォルケンクラッツァー! 











第二話 【 夢幻の水城 】

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