小説 鋼鉄の咆哮

【 夢の終わりに 】


プロローグ




 光を抜けた艦艇の数は二隻だった。
 巡洋艦クラスの船体に速射砲と誘導弾を備え、祖国の世界では異様とも思えるほど巨大な艦橋を持つこの戦闘艦。
 単純に排水量だけで推し量るなら、今は亡き扶桑や霧島といった大型艦を持ち出すまでもなく、それよりも小振りな重巡洋艦ですら上回ることが出来るだろう。例えば10門の20cm砲と、片舷6射線に及ぶ魚雷兵装を持つ妙高級重巡洋艦は、列強各国の同時期の対抗艦と比べても遜色ない性能を有している。

(だが・・・・・・)

 この不恰好な、重巡よりも遥かに戦力として期待できそうにないこの艦が、外見からはまるで想像もつかないほど強大な戦闘力を発揮することを、自分は知っていた。
 マーシャル沖海戦。わずか三隻の同型艦で、あの連合艦隊主力部隊が苦戦した合衆国戦艦部隊を撃滅してのけた戦い。
 圧倒的戦力差で攻め立てた米機動部隊の猛攻から、多くの友軍艦艇を守り抜いたマリアナ沖海戦。
 米軍最後の攻撃となった内南洋侵攻作戦を食い止めることができたのは、この異界から来た艦による成果だ。無論それは、劣位の戦いを強いられながらも健闘した帝国海軍の戦果でもあるのだが、この戦闘艦を抜きにしてマリアナ防衛を果たすことが出来たのかどうか定かではない。少なくともこの艦は、僚艦を失いながらもただ1隻で奮闘し、小沢機動部隊と共に米軍の上陸を阻止していた。

 第零遊撃部隊。
 我々とは異なる世界から来た、異世界からの戦闘集団。
 その不思議な艦に連れられて、ついに自分はここまで来た。祖国の戦争に怪しげな戦力を介入させ、誰にも予想がつかぬほど混乱をもたらした元凶の国―――異界。

 そして、自分を光の門に呑み込ませてその異界に連れてきた艦。
 ただ一隻で一個艦隊に匹敵する能力を持つといわれた究極の戦闘艦。現在の技術力では製造不可能な動力機関を搭載し、異常ともいえる機動性を誇る異界兵器。
 彼らがモジュール・ドライブと呼んだシステムで運用される、不気味な艦。

「超兵器・・・・・・」

 呟きは風に乗って拡散する。
 視線の先で存在を主張しているのは、かつて祖国の海で破壊と殺戮を現出し、友軍もろとも敵対する超兵器を葬り去った超大型の双胴戦艦。
 忌み名は『暴君』。名を、播磨という。


「あの艦が憎いですか、司令」

 傍らから届けられた音階に、司令―――南雲忠一は振り返ることなく答えた。
「そういうわけではない。ただあの艦を眺めていただけだ」
「そうですか」
 音声を響かせた主は軽く応じて、その口調を変えないまま続けてきた。
「羨望とも憎悪ともとれない表情で見ているものですから、どちらなのか気になってしまいましてね」
「・・・・・・」

 播磨から視線を外して、南雲は軽口の主を見返した。
 今はもう見慣れてしまった顔。それまで存在すら知らなかった世界から来た少年兵。小生意気な口調とあどけない顔立ちは、以前に比べて多少大人びたものに成長しているものの、大きな変化を遂げているわけでもない。つまりは、地ということなのだろう。
 いまさらそのことについて言及するつもりは毛頭なく、その口調は受け流して南雲の目は対象を変える。

「暴君・播磨か。この戦にかける意気込みは分かるが・・・・・・あんなものを投入して大丈夫なのか。また以前のように暴走してしまったら、決戦どころではない騒ぎになるだろうに」

「そのあたりは運を天に任せるよりほかにありませんね」
 南雲の懸念を流すかのように、オペレーターはあっさりと応じた。
「可能な限りの対策は施したようですが・・・・・・なにしろあの艦のモジュールは暴走しやすい性格の持ち主でして。こればかりはどうにもならなかったようです。とにかく、『発症』しないことを祈るのみですね」

 少年は肩をすくめて、南雲を見た。片眉を上げ、口端を捻じ曲げて、人を小馬鹿にするような表情を浮かべてみせる。
 それがこの少年なりの感情表現なのだと理解している南雲はそれには応えず、代わりに疑問を口にする。
「そのモジュールとやらが問題ならば、機関換装で取り替えてしまえばいいではないか。実戦で信頼するに足る稼動性を維持できない兵器など、もはや兵器ではあるまい」
「・・・・・・司令。それが出来るなら、我々はとっくに改装を実施していますよ」

 播磨が暴走することによって被害を受けるのは、他ならぬ第零遊撃部隊の面々だ。サイパン沖で発生した暴走の事例を見るまでもなく、それは明らかだ。超兵器開発陣は幾度か暴走が発生した段階で、播磨の機関換装を計画していた。
 だが、通常艦艇でも機関の換装には時間がかかる。船体をドックに引き込んで、艦自体を半分解体するような作業だ。まして播磨は、戦艦二個戦隊分の火力を持つ超大型の双胴戦艦。主要機関の交換に、果たしてどれだけ時間がかかるのか想像するまでもなかった。
 そして播磨は、同時に敵超兵器に対抗できる貴重な戦力でもあった。通常兵器が超兵器に立ち向かうことの困難さが明らかになるほど、機関換装の可能性は閉ざされていく。遊撃部隊に第二の超兵器が配備された後も、変化する戦局が播磨の改装を許さなかった。
 いつしか播磨の危険性は止むなきものとして封印され、やがて第零遊撃部隊構想が誕生―――播磨は、『異界』へと派遣されることになった。

「なにしろ総力戦ですからね。暴走する『かもしれない』危険性など、本気で攻めてくる敵の前では無視されて当然、というわけです」
 その好意的とはいえない瞳を南雲ではない他の何かに向けながら、オペレーターは言った。
「そんなもの、初めからつくらなければよかったものを・・・。だから、こんなことになる」

 少年は空を仰ぎ見た。
 赤い色が見える。その周りに青。緑。そして紫。何色ともつかぬ不気味な空は、ときおり電光を走らせながらうめいている。
 それはあのとき、ハワイ沖で南雲たちが目の当たりにした、あの空と同じ色をしていた。

「我々は、これより最後の超兵器戦争を始めます」
 異界の少年兵、オペレーター・リンは言った。
「敵は、究極超戦艦・ヴォルケンクラッツァー。『覇王』とも称される、この世界でもっとも巨大な力を持つ超兵器です」

 覇王。究極の巨大戦艦。最後の超兵器。・・・・・・呼び方こそ様々だが、遊撃部隊から漏れ伝わるその巨大戦艦が、敵側に残された最後の、そしてもっとも恐るべき存在であることを、南雲は知っていた。
 超音速爆撃機アルケオプテリクス。
 超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイター。
 自分がこれまで戦ってきたどの超兵器よりも恐れられた戦闘艦。
 その最後の一隻を破壊すべく、艦隊は進撃を続けている。

「正直言って、どこまで対抗できるか自信の程はありません」
 リンが言った。
「我々は、この海域にあらゆる戦力を投入しています。攻撃機を満載した空母機動部隊から陸上戦略爆撃機、通常艦艇、そして・・・・・・二隻の超兵器戦艦。これは、おそらく我々が保有する海上攻撃兵力のほぼ全力に当たる規模でしょう。これほどまでに大規模な戦力が、たった一隻の艦を沈めるためだけに派遣されています」
「・・・・・・」
「あの艦は―――ヴォルケンクラッツァーは、これだけの戦力を用いてでも破壊すべき対象というわけです」

 リンはそこで言葉を切って、南雲を見た。

「あちらの世界を離れるときにも言いましたが、もう一度だけ言っておきます。司令はもう二度と、あちらの世界に帰ることができないかもしれません。我々が勝っても負けても、その可能性があることだけは覚えていてください」
「・・・・・・覚悟の上だ」

 もとよりそんなことは承知していた。南雲はうなずく。
 オペレーターも、頷首を返して時計を見た。
「まもなく本隊と合流します。夕刻前には会合できるでしょう。ヴォルケンクラッツァーとの予想会敵時刻はまだ少し先ですが、そろそろ艦内に入りましょう。戦闘指揮所に案内しますよ」

 少年は甲板から艦内に通じる扉を開いて、南雲を導いた。
 扉をくぐって中に入ると、使い込まれた空調設備の放つにおいが鼻を突いた。同じ戦闘艦の中でありながら、これまでに馴染んできたものと異なる空気を感じたのは、この艦が自分の知る帝国海軍の艦ではなく、祖国のあずかり知らぬ異界でつくられた艦であることを示していた。
 背後に回ったオペレーターにそのことを伝えると、少年は扉を閉めながら応じた。

「あなたがたがいた世界に比べると、息苦しさを感じる空気ではありますがね。なにしろ、こんな空模様が当たり前になってしまった世界ですから」

 自嘲するように呟いた少年の横顔に、南雲はどこか寂しげな意識を感じた。
 閉じかかった扉の隙間から見えたのは、いつかハワイ沖で見たあの凶色の空。超兵器の存在を示す、何色ともつかぬ空間。現実に存在することを許された、ひとつの、夢。すべての始まりとなったもの。―――超兵器。


 凶々しい色に縁取られた空が姿を消した。
 扉が完全にロックされたことを確認した異界の水兵が、自分を先導するように歩き出す。
 少年に続いて艦内の奥に足を踏み出した南雲には、その閉ざされた扉が、自分と、あの懐かしい祖国を寸断する無機質な門のように思えて、その不快感に顔を歪めた。

 歩を進めていくうちに、やがて、その扉も遠く隠れて姿を消した。








第一話 【 終焉の戯曲 】

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