第三話 【守るべきもの】
1
「全機、突撃!」
備えられた無線機ががなりたてた。それが合図だった。
上空に展開した直掩機が、編隊ごとにまとまって突っ込んでいく。目標は超兵器爆撃機。ハワイ沖で機動部隊を壊滅させ、今日の戦況をつくり出した忌むべき元凶。双胴の悪魔。その名はアルケオプテリクス!
超兵器はすでに艦隊を視認できる位置まで迫っていた。愛機のコクピットから振り返れば、そこには友軍機動部隊が織り成す多数の航跡が見えるはずだ。もっとも、突撃命令が出たこの瞬間に敵から目を逸らすような真似はできはしない。藤田一飛曹は明確な意思のこもった目で、爆撃機を睨みつけた。
敵は正面低空から高速で突っ込んでくる。速い。おそらく、この世界に存在するどんな機体も、この爆撃機に追いつくことはできないだろう。超音速爆撃機。その二つ名は、決して伊達ではないということか。そしてそれ故に、直掩隊に与えられた射撃の機会は少ない。この爆撃機を叩き落し、機動部隊を鋼鉄の雨から守るためには、恐ろしいほど緻密な迎撃戦が必要となるだろう。
敵は圧倒的な速度と火力を持っている。こちらの世界のどんな兵器も対抗することができぬほど強大な戦闘力。藤田はその強さを知っている。一日として忘れたときはない。あのときに見せた、敵の強力無比な防御射撃。機械のように正確に追ってくる光の濁流・・・。
(高橋飛曹長、飯田一飛曹・・・・・・)
遠い過去に消えた戦友の顔が、刹那の間、浮かんで消えた。
次の瞬間には、彼らのことは忘れていた。意識は爆撃機に集中される。超兵器・アルケオプテリクス。真紅に染められた凶き翼が迫り来る!
爆撃機の銃塔が火を噴いた。先行していた戦闘機部隊が火柱に包まれる。爆撃機が撃ち上げる火箭が、回避に失敗した友軍戦闘機を貫いていく。そのいくつかは瞬時に火球に変わり果て、重力に導かれて海上に破片を撒き散らした。
「佐々木、藤田・・・行くぞ!」
無線が小隊長の意思を伝える。小柳飛曹長。ハワイ沖の生き残り。もはや意思疎通に言葉など不要なほど、長くペアを組んできた。長機が翼を翻す。先行隊よりわずかに遅れて、小隊は突撃を開始する。
幾条もの翼が風を裂いた。藤田の小隊だけでなく、ほかの部隊も共同攻撃をけしかける。上空に展開する数十機の荒鷲が、たった1機の巨鳥に襲い掛かる!
その瞬間―――藤田は目を見開いた。
超兵器が加速していた。爆発的な加速。アルケオプテリクスの後部から吐き出された熱量が、大気にゆらめきを見せかける。敵はほとんど音速にも迫る勢いで飛んでいた。狙いを外された友軍機が、口惜しげに翼を捻る。爆撃機が火箭を撃ち込んだ。旋回で速度を落とした友軍機。弾丸は正確に集弾する。胴部に直撃を受けた機体が四散した。その破片が落下を始めたとき、爆撃機はすでに直掩の網を抜けていた。
(・・・図られた!!)
噛み締めた歯が音を立てる。
あの超兵器は音速を超えることもできるのだ。その情報は遊撃部隊からも知らされていたはずなのに、眼前の速度に惑わされて失念していた。加速前の速度が敵の最大速度だと思い込み、部隊はそこに突撃をかけてしまった。その結果―――
「いかん・・・奴を止めろ!!」
直掩隊を率いる指揮官。その悲鳴がすべてを表わしていた。
戦闘機部隊の迎撃をはぐらかした爆撃機は何の妨害も受けず、機動部隊に接近する。そこに艦隊を守る壁はない。爆撃機は悠々と空母目掛けて前進し、砲弾を叩きつけることができる。・・・いや。
「遊撃部隊よりタカ全機へ。ハヤブサに近付くな!」
無線機に、直掩指揮官とは異なる音階が紛れ込む。その直後、機動部隊の前方と後方、両面に位置する護衛艦から白煙が立ち上った。前甲板から高速で何かの弾頭が飛び出して、煙を噴き上げながら上昇を開始する。藤田はその物体に見覚えがあった。
戦術対空誘導弾。遊撃部隊の護衛艦に装備されたこの誘導弾は、先に攻撃を仕掛けてきた米攻撃機の大半を叩き落とした。一度目標とした機体には恐るべき勢いで喰らい付いていく空の猟犬―――数は10発を超えていた。爆撃機の進路先目掛けて、一斉に攻撃を開始する。傍から見ている限り、命中は確実だった。
(いける!)
その瞬間、爆撃機から奇妙な火球が出現した。左右の胴体から投げ捨てるように放り出されたそれは、オレンジ色の輝きを纏いながら落ちていく。誘導弾のいくつかが、そこに突っかけた。爆発。連鎖的に反応を起こした弾頭が断片を撒き散らす。欺瞞弾。網膜に強烈に焼き付いたその発光弾は、誘導弾を目標から逸らす役割を持っているのだろう。爆撃機からかなり下の空域で爆発したそれは、超兵器に何の損害も与えていないようだった。敵は相変わらず、輪形陣の中心部を目指して飛行を続けている。
発光弾を囮と見破った誘導弾の残りが、そこへ突入した。今度こそ直撃が発生する。藤田はそう思った。
期待は今度も裏切られた。爆撃機が撃ち出した弾丸が、次々と誘導弾を破壊する。1発2発3発・・・。目標に当たる前に弾頭に衝撃を受けた誘導弾が信管を作動させ、何もない空間で爆発を繰り返す。爆撃機は爆風に煽られながらも被害を出すことなく飛び続ける。超兵器が射撃を止めた頃には、1発の誘導弾も残されていなかった。
―――なんて奴だ。
爆撃機の強さは理解していたが、まさかここまで凄まじいものだとは。あれほどの命中率を誇る防御射撃を見ると湧き上がった戦意も萎えてしまう。
さらに、そこへ追い討ちをかけるような光景が現出した。
誘導弾を無力化した超兵器が、翼の下から細長い物体を切り離す。一瞬だけ自由落下する様を見せたその物体はすぐに後部から多量の噴煙を噴き出して、輪形陣への飛翔を開始した。それは、つい今しがた爆撃機が撃退した弾頭と同じような形状をしており、超兵器を上回る速度で艦隊へ向かって突き進んでいく。
今度は艦隊が防御砲火を放つ番だった。前衛の駆逐艦が、巡洋艦が、接近する誘導弾の進路上に弾幕を形成する。爆撃機が撃ち出したのはわずか2発の誘導弾だったが、防御砲火はそのどちらか一方すら止めることができないでいた。弾頭たちは目標に対する最終行動を開始した。
海面すれすれまで高度を下げていた誘導弾が突然跳ね上がった。艦隊の乗員たちが唖然としてその光景を見守る中、物体は獲物に向けてその牙を剥き出した。目標とされたのは、艦隊前方に位置する排水量1万トンほどの戦闘艦。第零遊撃部隊第一戦隊の護衛艦だった。
護衛艦の射撃はとうに行なわれているべきだった。だが、射線上に展開した帝国海軍の艦艇がその射撃を妨害した。その時間はわずか数秒にも満たないものであったが・・・・・・高速で突入を図る誘導弾にしてみれば、それは十分すぎる時間でもあった。
護衛艦の艦首に最初の1発が命中した。その直後に巨大な前艦橋付け根にもう1発。強固な鎧に覆われた戦艦と異なり、護衛艦はほとんど装甲を持たない。加えて艦橋前部には、垂直発射管に納められた誘導弾が群れをなしていた。
火柱が立ち上った。爆発の光が瞬く間に艦体を呑み込み、続いて起きた誘爆と衝撃波が船体を引き裂いた。第零遊撃部隊第一戦隊。連合艦隊のどの艦よりも強大な戦闘力を誇る護衛艦。
轟沈だった。
2
超兵器を食い止める「壁」が失われた。沸き上がる黒煙の上を異形の翼が飛び抜ける。
直掩隊は爆撃機の後方から追撃をかけているが・・・追いつけない。圧倒的な速力差だった。爆撃機は音速に迫る速度で直掩網を突破し、遊撃部隊の護衛艦を屠りながら輪形陣に食い込んだ。もうあの超兵器を止めることはできない。あのときと同じように、機動部隊は一方的に叩かれ続けることになるだろう。眼前に出現した光景は、藤田の予想そのものだった。
爆撃機が発砲した。数百発もの砲弾が機動部隊に降りかかる。狙われたのは、翔鶴だった。
帝国海軍正規空母・翔鶴。かつては瑞鶴と共に五航戦を形成した、排水量2万5000トンの大型空母。搭載機数は常用だけで70機を越える。海軍随一を誇るその攻撃力は、このマリアナ決戦に際して大きな力になると期待されていた。砲弾は、その力の源となる格納庫を直撃した。
火柱が噴き上がった。爆発の勢いで飛行甲板がめくれ上がり、黒煙が船体を覆い尽くす。艦がいびつな形に捻じ曲がり、格納庫から誘爆の炎が噴き出して、黒煙の中に見目鮮やかな光をつくる。爆撃機は容赦しなかった。機体下面から閃光を走らせ、次々と砲弾を撃ち込んでいく。それ以上は正視に耐えなかった。超兵器から弾丸が撃ち込まれるたびに、爆発が翔鶴を呑み込んでいく。
―――走れ! もっと速く!
藤田はスロットルを叩く。機体は全力で駆けている。にもかかわらず・・・超兵器に追いつくことができない。敵が目の前で殺戮を繰り広げているというのに、自分には敵を退けるための翼があるというのに・・・・・・追いつけない!
こんなことがあっていいのだろうか。あのときの復仇を果たすと決意しておきながら自分は敵にただの一太刀も浴びせられずにいる。敵の高速に振り回され、機動部隊上空に侵入を許した挙句、旧五航戦の僚艦である翔鶴まで奪われてしまった。
俺は何のためにここにいるのだ。あの超兵器を撃墜し、ハワイ沖に散った戦友たちの手向けにするのではなかったのか。
藤田はスロットルを叩く。機体は全力で駆けている。それなのに・・・・・・それなのに―――自分はあの超兵器に迫ることもできない。奴の防御射撃の弾幕に飛び込むこともできずにいる。それほど引き離されてしまった。それほど圧倒的な差があった。自分と、あの超兵器の間には。
―――勝てないのか。
俺はまた失うのか。あのときと同じように、何もできないまま、味方を奪われたまま戦いが終わってしまうのか。
脳裏に浮かぶのは己への罵声。異国の海に消えていった戦友たちへの嘲笑。―――緒戦、五航戦は妾の子。栄えある一航戦と違って、奴らはただの員数あわせ。真珠湾でもマリアナでも、連中は足手纏いに過ぎないのさ・・・。
「負けられるか!!」
藤田はスロットルを叩く。機体は全力で空を駆ける。超音速爆撃機・アルケオプテリクス。あの忌まわしい双胴の悪魔を墜とすために!
「タカ1より全機へ。『増援部隊』が到着した。彼らと共同で奴の撃墜にかかるぞ。続け!」
それは待望の知らせだった。顔を上げると、双発の陸攻に先導されて多数の友軍機が接近してくるのが見えた。それはサイパン島からの増援部隊―――対超兵器用の装備で固めた飛行隊。
(まだ戦いは終わっていない。勝負はこれからだ)
操縦桿を握り締める。機体が伝える発動機の鼓動が、今は頼もしく感じられた。
超兵器が輪形陣を抜けた。
直掩網を突破するための増速が、対艦攻撃に必要な速度を大きく上回っていたのだろう。敵は翔鶴を葬っただけで艦隊上空を飛び抜ける。そこへ増援の戦闘機が突っかけた。超兵器に比べれば胡麻粒のような大きさの機影が30機ほど、恐れも見せずに突っ込んでいく。
その動きを眺めながら・・・藤田は訝しげに眉根を寄せた。
―――零戦じゃない?
初めは、速度を増すために武装を削減した戦闘機なのかと思った。だがそれにしては、味方機の動きは力に満ち溢れていた。1000馬力クラスの機体には見られない力強い機動。・・・近付くにしたがって機体の細部が明らかになる。ずんぐりした胴体に大直径の発動機。短くまとめた主翼は、それが高速性を追求したことの証明か。尾翼の直前に描かれた日の丸が赤々と美しい。
局地戦闘機・雷電。マリアナ決戦に超兵器爆撃機が参入することを聞いた帝国がつくり上げた迎撃部隊の主力となる機体。
さらに―――
(一式陸攻!?)
増援部隊は戦闘機だけではなかった。戦闘機が抜けた後の空域には多くの陸上攻撃機が展開していた。数は雷電よりも多い。もとは漸減邀撃構想に従って長距離対艦攻撃を仕掛ける一翼を担うべく開発された双発機。その一式陸攻が整然と隊列を組み、超兵器の前方の空域目掛けて飛行している。
だが、一式は動きの鈍い大型攻撃機だった。その陸攻が何故こんな迎撃戦に参加しているのか。かの機体には防御機銃を増やした翼端援護機なる多銃装備機もあったと聞くが、まさかそれで突撃を仕掛けるわけではあるまい。一式陸攻は味方からも「ライター」と呼ばれるほど防御力に劣る機体だし、アルケオプテリクスは高速の対空誘導弾すら撃墜できるほど優れた火力を有しているのだ。一式のような攻撃機がいかに多く機銃を装備したところで、あの超兵器爆撃機に勝てるとは思えない。
しかも陸攻は、爆撃機よりもかなり上空に展開している。あれなら爆撃機からの砲火は届かないだろうが、代わりに陸攻から見ても射程外のはずだった。いったいこれで何をしようというのか。
超兵器は友軍機の追撃を受けながら飛行している。機動部隊に再度の攻撃をかけるべく旋回を試みようとしているのだが、戦闘機の機動に阻まれてロールを打てずにいる。無理をして翼を傾ければ、傍らを掠める戦闘機と衝突してしまう状態だった。よく見ると、超兵器に突っかけた戦闘機は全て雷電だった。その速度性能を活かして爆撃機の動きを阻んでいる。
その動きを見ることで、彼らの目論見が見えた気がした。戦闘機はあくまで超兵器を引き付けておくための囮。本命はあの陸上攻撃機だ。どんな手段なのかは分からないが、どうやらあの一式陸攻が攻撃の鍵を握っているらしい。・・・であるならば。自身に課せられた役目は一つ。―――陸攻の攻撃が始まるまで、超兵器をあの空域に食い止めておくことだ。
愛機は機動部隊の上空を駆け抜ける。炎上する翔鶴の上を跳び越して、僚機と共に超兵器爆撃機に接近する。
結論から言えば、藤田の動きはほとんど意味をなさなかった。彼らの小隊が爆撃機を捉えるより先に、陸攻部隊が攻撃を開始したからだ。陸攻の腹部からおびただしい数の小型爆弾がばら撒かれる。超兵器は避けきれず、小型爆弾の雨に突っ込んだ。その瞬間―――
空間が裂けた。
爆撃機の周囲に降り注いだ爆弾が一斉に炸裂する。時限信管が作動すると同時に雷管が叩かれ、弾頭に詰め込まれた火薬に火が走る。爆発。爆弾は破片と爆風を撒き散らし、超兵器を焔の渦中へと呑み込んだ。
三号爆弾。それはハワイ沖で辛酸を舐めた帝国海軍が開発した、対爆撃機用の空中爆弾。戦闘機、または爆撃機に搭載し、敵機の進路上に叩きつける。定められた時間が経過すると信管が作動し、内蔵された大量の子弾が飛散する。命中させるには相当の技量が必要とされるが、陸攻部隊はその任務を完璧に成し遂げた。超兵器は連続する爆炎に包まれて、その身を苦悶によじらせる!
それは復讐。あの奇妙な航空戦で味わった屈辱を、今、ここで晴らすのだ!
マリアナの空に殺意の火花が迸る。藤田は思わず歓声を上げていた。
「俺たちの勝利だ!」
3
神はその光景を暗然として見つめていた。
扶桑の舷側に巨大な水柱が出現している。爆発が巨大な船体を包み込み、炎と黒煙がその醜態を隠すように立ち込める。周辺に展開する僚艦も、速射砲と誘導弾の連続攻撃を受けて炎上していた。
傍らから誇らしげに声が響く。
「お忘れですか大佐。あの艦が、ただ2隻の僚艦と共に米戦艦部隊を殲滅したことを」
神は声の主を睨みつける。
第零遊撃部隊を率いる司令官、ナギは平然と視線を見返した。
「わずか1隻だけとはいえ、侮ってもらっては困ります。超兵器にこそ及びませんが、こちらの世界の艦であれば一個戦隊にも匹敵する能力を持っていますよ」
実際、その通りだった。
戦闘開始からわずか2分。たったそれだけの間に、あの護衛艦は扶桑に魚雷を叩きつけ、後続の水雷戦隊の大半を無力化してしまっていた。噂に聞いた遊撃部隊の戦闘力。まさかこれほど圧倒的なものだとは思いもよらなかった。マーシャル沖海戦の報告書を読んだときは、戦場につきものの誤認戦果だと信じて疑わなかったが・・・そんな思いは完全に打ち砕かれた。
護衛艦の速射砲が唸る。誘導弾が撃ち上げられる。それらは正確に帝国海軍の艦艇を撃ち抜いて、戦闘力を奪っていく。
「どうした!撃ち返せ!」
神の叫びに呼応するように、被弾を免れた駆逐艦が射撃する。強力といっても数は1隻。包囲を固める10隻以上の艦艇をすべて無力化するには相応の時間が必要だ。我々はその間に数の優位を活かし、敵を圧倒すればいい。
砲弾が落下する。弾着は目標から逸れていた。標的を包み込むように落ちてはいるが、命中には至らない。本来なら喜ぶべき挟叉弾だったが、数瞬で味方を葬り去るあの護衛艦が相手ではそれもほとんど意味がない。駆逐艦が次の斉射を繰り出すより早く、速射砲の一撃が友軍艦を捉えた。
「なにを手間取っている!貴様らそれでも栄えある帝国海軍の一員か!!」
砲弾を受けた駆逐艦は早くも沈黙していた。砲塔と艦橋を撃ち抜いた砲弾が、艦の中枢神経を葬っていた。別の駆逐艦が護衛艦の艦尾に砲弾を命中させたが、敵は動揺も見せずに射撃を繰り返す。
「・・・こんな・・・こんなはずでは・・・・・・!」
神はその身を震わせる。
作戦は成功していた―――はずだった。播磨の包囲網は完成していたし、司令部の掌握もうまくいった。
敵は護衛艦ただ1隻。対するこちらは戦艦扶桑を含む2個戦隊の大戦力。播磨を相手取るならいざ知らず、大した力も持たぬ巡洋艦1隻程度、刃向かってきたところで一蹴できる。そう考えていたのに。そのはずだったのに・・・・・・いったい何だ、このざまは。
扶桑は魚雷で舷側を破られ戦闘不能。ほかの水雷戦隊は速射砲で打ちのめされて完全に追い込まれている。敵は停止したまま微動だにしていないというのに。敵を侮っていたことは認めるが、何もここまで追い込まれなくてもいいではないか。
・・・そう。こんなはずではなかった。こんなことがあるわけがない。
帝国海軍は無敵なのだ。常に最強の存在であらねばならない。あの超兵器戦艦をこの手に収め、我々は世界の王となる―――そのはずだったのに!
「・・・通信状態良好。・・・・・・は劣勢。・・・状況は油断を許さず。予定通りに・・・。送れ」
何だ。何を言っている。異界から来た戦闘集団。第零遊撃部隊司令官・ナギ!
殺気は相手を振り向かせた。司令官は胸元から視線を外し、こちらを悠然と見つめてくる。
「降伏したらどうですか。あなた方は我々に勝つことはできません。無駄に損害を増やすより、そちらの方が懸命だと思われますが?」
その余裕めいた口調が頭にきた。この司令官はどうしてこんなにも毅然と構えていられるのだ。気に入らない。気に入らない!気に入らない!!
「このまま放っておけば、艦隊は全滅してしまいますよ。あなた方が降伏しない限り、あの艦は戦闘を止めることはありませんから」
平然とそう言い放つ。この女・・・どこまで付け上がる気だ!?
だが、窓から見える光景はナギの言葉通りだった。今や味方は半数ほどにまで撃ち減らされ、反撃の砲火が虚しく轟くばかりだった。味方も命中弾はいくつか得ているのだが、駆逐艦の豆鉄砲ではなかなか敵の戦闘力を奪いきれずにいる。脅威の誘導弾攻撃こそ止んでいるが、恐るべき命中精度を誇る速射砲の唸りは続いていた。
このままでは本当に敗北してしまう。その先にあるものを想像して、神は戦慄に身を震わせた。
敗北。作戦失敗。決戦の最中に貴重な戦力を割いておきながら播磨を手にすることもできず、艦をいたずらに失った無能指揮官。神は世界の王ではなく、世界の無能なり。・・・浴びせられるのは賞賛ではない。その身に与えられるのは栄光ではない。上層部の承認を得た行動とはいえ、それは「播磨の入手」を前提として提示した条件付の独断専行。
―――第零遊撃部隊を敵に回すのだ。それなりの「覚悟」はあるのだろうな。
それは軍令部要員が放った一言。
―――万にひとつも、失敗は許されぬぞ。もし仕損じた場合・・・
作戦を認める代わりに上層部から提示された条件。
―――貴様、腹を切れ。
絶叫した。手狭な部屋に、獣じみた悲鳴が反響する。
眼前を閃光がよぎった。気が付いたときには、軍刀がナギの頬を切り裂いていた。鮮血が溢れ出し、床に小さなしみを作る。
「私はまだ負けておらぬ!こんなところで負けるはずがない!」
自分の手には軍刀が握られていた。敵の頬を掠めて舞い戻ったその切っ先が、今は床上で不安定に揺れている。
「私は王になるのだ。世界の王。そう、世界の王だ!」
口から泡があふれ出す。止まらない。この唇が止まらない。
「播磨!超兵器!その力・・・すべて私のものだ!この神のものなのだ!」
爆音が轟いた。窓の外を見やる。
護衛艦が爆発していた。周辺には巨大な水柱が立ち上っている。有効弾を得たのは―――傾斜しながらも砲身から煙を上げている大型艦・扶桑! 魚雷で舷側を抉られながらも、決死の一撃で命中弾を得たというのか。素晴らしい。船体から巨大な火柱を噴き上げた護衛艦は沈黙する。この瞬間、護衛艦の戦闘力は完全に失われた。
もはや播磨を守るものは存在しない。作戦は今度こそ成功する!我々に敗北の二文字はないのだ!
神は今度こそ哄笑した。妖しく縁取られた笑い声が、奇妙な余韻を伴って響き渡る。
「私の勝ちだ!!」
ノイズの発生はそのときだった。
4
「敵超兵器健在!旋回します」
見張りの報告は、悪夢そのものだった。三号爆弾の集中投下に見舞われた超兵器が、焔の壁を切り裂いて出現する。
「そんな馬鹿な!」
艦橋要員の叫びは、全員の胸中を代弁していた。
一式陸攻の投下した三号爆弾は、アルケオプテリクス撃墜用の「切り札」だった。いかに超兵器といえども飛行兵器である以上、厚過ぎる装甲を纏うことはできない。三号爆弾は、その装甲を打ち破って敵を撃墜できる対超兵器用の武器として作られたものだった。その構造上、命中弾を得るのは困難だとされていたが、陸攻の搭乗員たちはそれを技量で補うための訓練を重ねていた。あの増援部隊は、三号爆弾搭載機と護衛戦闘機で構成された「対アルケオプテリクス専用」の部隊だったのだ。
そして先ほどの情景を見る限り、懸念されていた起爆のタイミングは完璧だった。爆弾のほとんどは絶妙の角度で超兵器を捉え、炸裂した。爆風が超兵器を呑み込み、敵は撃墜までいかないにしても、それなりの損害を受けるだろうと思われていた。それなのに―――
「ほとんど無傷とは・・・・・・化け物か!」
味方の奮闘をあざ笑うかのように、超兵器は悠然と翼を振って見せた。
攻撃は失敗した。増援部隊の持つ「切り札」は、超兵器に何の損害ももたらさなかったのだ。
しかも悪いことに、先ほどの爆発で味方の戦闘機は爆撃機から離れてしまっている。そして直掩隊は、まだ機動部隊上空を飛び抜けたところだった。超兵器の動きを阻むにはあまりに距離があり過ぎた。その結果・・・艦隊は敵が悠然とロールを打つ様を、ただ見ていることしかできなかった。
その先の展開を読むのは容易だった。これまでの戦闘の結果を見る限り、戦闘機による迎撃はほとんど効果を挙げていない。おそらく直掩隊は爆撃機を阻止することができないだろう。そして艦隊の対空砲火による迎撃も見込めない。あの巨人機は高角砲の弾幕射撃などものともせず砲弾を叩きつけることができる。そして護衛艦による誘導弾攻撃が通用しないことも証明されている。
「・・・打つ手なし、か」
南雲は渋面を作る。
誤算だった。そう思う。正直に言って、爆撃機があれほどの防御力を持っているとは思いもよらなかった。戦闘機の銃撃には耐えられても、三号爆弾の直撃を受ければ何かしらの手傷を負うだろう。そこに全力攻撃を仕掛けて仕留めればいい―――そんな考えが実に甘いものであったことを思い知らされた。
敵は超兵器なのだ。ただ一機で一個艦隊に匹敵するといわれる異界兵器。その実力を見誤っていた。自分はハワイ沖でその戦力差を間近に見せ付けられていたというのに・・・。
よみがえるのは悪夢の光景。壊滅する機動部隊。
「たった1機の爆撃機に翻弄された老提督」
「海軍の至宝を奪われながら逃げ帰ってきた敗将」
「反撃もかなわなかった弱腰長官」・・・・・・
ひらめくのは向けられた罵声。
世界最強の空母部隊を与えられておきながら大敗し、今日の苦境をつくり上げた。温情措置によって前線に立つことは許されたものの、与えられたのは旧式艦ばかりの水雷戦隊。・・・ならばせめてこの部隊を率いて、ハワイ沖で成し得なかった米戦艦の撃沈を果たそう。それが、あの戦いで散っていった英霊たちへのせめてもの手向けになろう。
―――そう、思っていたんだがな。
現実は無情だった。超兵器を先頭に怒濤の攻撃を仕掛けてくる米軍に、南雲はほとんど何もすることができなかった。マーシャル沖では超兵器揚陸艦を食い止めることができず、昨年のサイパン沖でも超兵器を撃沈したのは播磨だった。・・・最終的に暴走を来たしてしまった彼女だったが、少なくともあのとき敵超兵器を撃沈できる能力を有していたのはあの1隻のみであり、連合艦隊の武蔵や自分などではなかった。結局自分は何の役にも立たず、貴重な油を消費して戦場を走り回っていただけだった。
所詮、自分はその程度の人間だったということだ。
汚名を晴らすといいながら現実には何もできなかった自分。自信過剰。いや、もはや無能と言ってしまうべきだろうか。・・・・・・そう、無能だ。
認めたくはないが、自分はそう思われても仕方のない人間だった。帝国海軍の中で最大の母艦航空戦力を与えられながら真珠湾作戦に失敗し、未だにただ一度の勝利も掴むことのできない指揮官。これを無能と呼ばずになんと呼ぶ。少なくとも自分に着せられるべき二つ名は、栄光と呼べる類のものでないことは確かだった。
「敵超兵器、向かってきます!」
見張りの言葉が南雲の意識を引き戻した。
南雲の率いる水雷戦隊は、輪形陣の側端に位置している。まともな対空火器をほとんど持たない旧式艦で構成されているため、対空戦闘では役に立たずとしてこうした配置になったのだ。与えられた役は―――囮。敵を撃墜できないのなら、せめて攻撃を吸収してみせよというのだ。
ハワイ沖で貴重な空母を失い、しかも何一つ戦果を挙げられなかった指揮官に対する、それは懲罰。おめおめと生き恥を晒すより、潔くここで死んでしまえ。味方をかばって死ぬのなら、その名は命を以って機動部隊を守り抜いた英雄として崇められるだろう。上層部の思惑が、南雲の脳裏を横切った。だが。
いったいどうやって味方を守れというのか。敵を墜とす刃もなく、味方を守るには、敵の攻撃は熾烈だった。海面を走る魚雷の前に立ち塞がることはできても、空中から降り注ぐ砲弾を受け止める手段はない。・・・・・・結局のところ、自分はこのまま敗将として生きていくより他にないのだろう。諦観めいた嘆息が、南雲の口から虚しく漏れた。
傍らを振り返る。自分の傍に付き添っていながら、未だほとんど口を動かしていないオペレーター。
「・・・遊撃部隊でも、あの超兵器は止められないのかな」
「・・・厳しいですね。誘導弾も無力化された以上、超兵器を完全に撃墜するのは困難でしょう。速射砲だけであの爆撃機を撃退できるとは思えませんし」
「・・・・・・」
オペレーターがこう言うのであれば、本当に万策尽きたのだろう。もうあの超兵器を止めることはできない。我々には、このマリアナであのときと同じように壊滅する道しか残されていないのだ。
艦隊前面に立ちはだかった直掩隊が必死の突撃を繰り返しているが、それもほとんど効果がない。機動部隊の壊滅は目前だった。
直掩機が爆撃機の火箭に絡め取られた。被弾した友軍機が、オレンジ色の炎を引いて落下する。戦闘機が引いたその帯が、南雲には自身の墓標のように映って見えた。
「・・・・・・?」
目をしばたかせる。何かがおかしかった。
周りの者もそれに気が付いたようだ。目の前に生じた違和感に戸惑ったように、不可解な声を上げている。誰かが確信を得たように言った。
「・・・・・・まさか、突っ込む気か?」
それで違和感の正体が分かった。撃墜されたはずの友軍機が、必死に爆撃機に向かって飛んでいる。爆撃機の火箭に撃ち抜かれながらも、上空から急降下を仕掛けている。惰性だけで飛んでいるのではなかった。その戦闘機は、明確な決意を持って飛んでいた。そうでなければ、あんなにも執拗に爆撃機に喰らいつけるはずがない。
爆撃機が困惑したように翼を傾けた。落下する戦闘機から身を逸らすようにしてバンクする。普通ならば、それで衝突は避けられるはずだった。落ちてくる航空機にその意思がないのであれば。
結果から言わせれば、爆撃機は増速してかわすべきだった。超兵器の速度は音速を超えることもできるのだ。最初の直掩隊との戦闘で見せたように急加速をかけていたら、速度に劣る友軍機は突入を果たせなかったはずなのだ。爆撃機はミスを犯した。撃破したはずの航空機が自身に突っ込んでくるその様に、判断を誤ってしまった。致命的なミスだった。
突入した。
5
眼前の光景に、藤田は目を疑った。
被弾した友軍機が、爆撃機の胴部に突っ込んだ。中央の発動機にのめり込んだ機体は、大量に破片を撒き散らしながらも形を保っていた。回転を続けるプロペラが、爆撃機の金属片を喰い散らす。2トン近い質量を叩き込まれた爆撃機は勢いを喪失し、一気に速力が低下する。
突入した戦闘機は、佐々木一飛曹のものだった。
爆撃機と艦隊の間に直掩網を形成したのは藤田らの部隊だった。正確には、藤田の小隊を含む2個中隊。艦隊前方で真っ先に敵と遭遇しておきながら、その加速に出し抜かれて一太刀も浴びせられなかった直掩隊。爆撃機が艦隊を攻撃した後を全速で追いかけたものの、追いつくことができなかった。艦隊上空を飛びぬける頃には、敵は増援部隊の襲撃を突破してロールを打っていた。
増援部隊は敵を止めることができなかった。ならば、ここで我々が食い止めるよりほかにない。火力も速力もあの超兵器爆撃機には遠く及ばないが、我々以外に機動部隊を守れるものは存在しない。我々がやらなければ、艦隊は壊滅する以外に道はないのだ。
部隊は最後の突撃を開始し―――爆撃機の防御砲火に阻まれた。襲撃を仕掛けた機体が片っ端から濁流に呑み込まれ、撃墜されていった。20機近い戦闘機。そのほとんどが爆撃機の餌食となった。藤田が被弾を免れていたのはただの幸運に過ぎない。爆撃機がほかの部隊を攻撃しているうちに忍び寄り、列機と共に突撃する。猛烈な火箭が襲ってきたのはそのときだ。そして光に呑み込まれたのが―――佐々木一飛曹の機体だった。
弾丸に機体を貫かれ、コクピットが鮮血の色に染められる。生還は絶望的だった。あれだけの弾丸を浴びせられては、搭乗員は生きてはいまい。そう思った。機体は炎を引いて落下を始め・・・・・・そして立ち直った。主翼のほとんどを穴だらけにされ、尾翼の一部を剥ぎ取られながらも、その佐々木機は飛行を止めなかった。爆撃機の進路上に被さるように降下を続け―――突入した。
藤田の脳裏に、かつての情景が思い起こされる。
あのときもそうだった。直掩隊の網を突破した爆撃機を止めたのは、艦攻の自爆突入だった。爆撃機が航過する瞬間を狙って機首を上げた攻撃機は、敵の心臓部を直撃した。発動機に機体を直接叩きつけられた敵はそれまでの勢いを失い・・・そこへ別の1機が突っかけた。今度は艦爆。そのどちらも、愛機が戦闘機より運動性に劣ると知りながら空戦に加わった勇敢な搭乗員。
彼らは英雄だった。身を挺した攻撃によって勢いを止められた爆撃機は襲撃を断念し、遠い空へ引き上げた。
佐々木一飛曹。ハワイ沖からこれまでペアを組んできた戦友。同じ生き残りである小柳飛曹長と共に戦場を駆け、苦楽を共にしてきた仲間。もう彼に会うことはできない。高橋飛曹長。飯田一飛曹。異国の海に散ったかつての上官と同じように、彼もまた永久に会うことができない存在になってしまった。
藤田は爆撃機を睨み据えた。慕うべき戦友を葬り去った憎むべき敵。双胴の悪魔。赤く血塗られた憎き翼。異界兵器。
その名は超音速爆撃機・アルケオプテリクス!
発射把丙を握る。銃撃。大小の異なる弾丸が、超兵器の体に吸い込まれる。
敵はすでに射程内だった。光の濁流を抜けた機体を、超兵器は止められない。咆哮する。それは雄叫び。味方を守るために散っていった戦友に送る鎮魂歌。銃撃は続く。狂おしいまでに高まった感情が、機体を更に走らせる。
高橋飛曹長。飯田一飛曹。そして佐々木一飛曹。
戦友の顔が浮かんで消える。轟音は止まらない。射撃の振動が機体を震わせる。爆撃機しか見えていない。爆撃機しか見られない。超兵器。幾多の戦友を奪い去った仇敵。異界兵器。断続的に撃ち込まれる弾丸が、超兵器の体の上で弾け飛ぶ。超兵器の巨体が迫り来る。無線が何かをがなり立てる。うるさい。黙っていろ。俺の邪魔をするんじゃない!
弾丸が爆ぜる。着弾の火花が美しい。超兵器の体躯に銃弾の痕が刻まれる。
そうだ。喰らえ。喰らうがいい! 数多くの戦友を奪い去った貴様を逃がしはしない。このマリアナの空で、朽ち果てるがいい!!
「藤田、かわせっ!!」
―――え?
思考は一瞬だった。無線から届くのは小隊長の声。爆音を聞きすぎた耳は一時的な静寂をもたらした。
眼前には超兵器。異様なまでに拡大された銃塔が、無音の世界に映って見えた。回避不能なまでに接近した機体が、爆撃機の上にのしかかる。
藤田機は爆撃機に突入した。
佐々木機に続く2度目の自爆。・・・それは、戦闘の終焉を知らせる墓標だった。
6
呆然と口を開く敵の姿を、ナギは不敵に見つめていた。
発生したノイズの余波が、ガラスを小刻みに震わせている。豪雨はすでに止んでいた。あれほど執拗に雨を降らし続けた雷雲は去り、代わって妖しく彩られた晴れ間が空を覆っている。
洋上での戦闘はすでに終息していた。いや、終わらされたといった方が正しいか。片手に軍刀を握りながら間の抜けた表情で外界を見る神が、今はひどく滑稽に見えた。その神が・・・つい一瞬前までは異様な姿に身を変えていた神が、唇を小さく震わせた。
「・・・・・・超兵器」
海上は、新たに出現した巨大な艦影に覆われていた。白光の中から敵の包囲を破るようにして現れた大型艦は、播磨を上回る巨躯を見せ付けるように敵艦の側を遊弋している。その姿が余りに大きすぎて、排水量が3万トンを超えるはずの扶桑がまるで艀のように映っていた。
ただ1基で戦艦ほどの重量もありそうな大型砲塔。中央にそびえ立つ艦橋は、巨大な要塞の中に立つ城郭のようだ。その脇には城郭を守るようにして多数の銃塔が備えられ、この艦が空からの攻撃にも容易に屈しない存在であることを示している。ただひとつ奇妙なのは、艦首に据えられた巨大な衝角だった。近代戦には不要とされたはずの衝角が、何故このような超兵器に搭載されているのか。
超兵器。・・・・・・そう。この艦は超兵器だった。モジュール・ドライブで駆動され、通常兵器では絶対にあり得ない転移能力を併せ持つ究極の戦闘艦―――超兵器二号艦・荒覇吐。
「・・・超兵器の開発は中止されたのではなかったのか」
すがるような目を向ける神に、ナギは肩をすくめて応じる。
「ご冗談を。敵が超兵器を建造し続けているのに、こちらが止めてしまっては戦争に勝てません」
荒覇吐はモジュール・ドライブの信頼性を向上させてつくられた艦だった。敵国の超兵器と戦い、そして勝利を収めるために開発された戦闘艦。播磨の生み出した「暴走」への恐怖は生半なものではなかったが、それはモジュールの制御装置を組み込むことで押さえられた。完全無人の戦闘艦ではなく、少数のオペレーターによって操られる半自動の戦闘艦。祖国は「暴走」の危険を知りながら、この兵器の建造を許可した。ただひとつの目的のために。
ナギは視線を落とした。目に止まるのは一枚の書類。「重要」とだけ判が押されたその紙面に書かれているのは、ただ一言だった。
「・・・我々は、まだ戦わなければならないのです」
『覇王』ヴォルケンクラッツァー・・・敵側に残された最後の超兵器。その艦を撃沈するまでは、我々は戦いを止めることはできない。どんな犠牲を払おうとも、あの超兵器だけは破壊しなければならないのだ。世界から超兵器の姿が消えるその瞬間まで・・・・・・我々の戦いは終わらないのだ。
「降伏してください。大佐」
荒覇吐の巨大な船影を背後に、ナギは降伏を促した。
荒覇吐がここにある以上、帝国に勝機は見られない。どんなに死力を尽くして刃向かったところで、彼らはあの船体に傷一つ付けることはできないだろう。そうした意味を視線に込めて、神を見る。
神の目は虚ろだった。つい先刻まで勝利を確信していた男の目からは、完全に覇気が失われていた。作戦の失敗。責任。破滅。そうした一連の重圧が、この狂人から生気を抜き取ってしまっていた。
「・・・何故だ。遊撃部隊は帝国の味方ではなかったのか」
男の口から、そんな声が漏れ響く。
「ゼロ・ノートはどうした。帝国と共に戦うといったあの言葉は嘘だったのか」
「思い違いをしないで下さい、大佐」
ほとんど顔を伏せるようにして呻きを上げる人間に、ナギは冷酷な言葉を叩きつける。
「協定を結ぶときに言ったように、我々は超兵器と仇をなす者。超兵器に与する存在は敵とみなし、これを破壊します。我々はこちらの世界に紛れ込んだ超兵器を破壊するために戦っていたのであって、帝国を助けるために来たわけではありません」
そして一言。
「もしもあなた方が超兵器を保有しようなどと考えるなら―――我々は帝国を消さなければなりません」
その瞬間、生き残った駆逐艦の1隻が荒覇吐に向けて発砲した。
それは当初の目的を果たそうとした勢いの残り火だったのかもしれない。報復は直ちに返された。
荒覇吐が砲塔を向けた。2本の砲身が駆逐艦の船体を捉え、そこに砲弾が撃ち込まれた。大口径の砲弾のみが形成する滝のカーテンに包まれて、駆逐艦の姿が掻き消える。わずか2門の砲口から撃ち出されたのは十数発に及ぶ砲弾の雨だった。あれだけの射撃を浴びせられては、装甲の厚い戦艦といえども無事では済まない。駆逐艦の運命は明白だった。
神がうなだれたように肩を落とす。力を失った神の手から軍刀が滑り落ちた。
刀が立てる乾いた音が、手狭な部屋に響いて消えた。
超兵器。
ただ一隻で一個艦隊に匹敵する能力を持つといわれる究極の戦闘艦。
それは、本来この世界にあるはずのない艦。恐るべき戦闘力と、破壊力を持つ至高の存在。
だが、その強大な戦闘能力ゆえに、ひとたび暴走が始まったとき・・・それを止められるものはいない。
超兵器がもたらすものは、覇者の栄光か、破滅への道のりか・・・。
晴れ間の中に見えた残照が、巨大な影を落としていた。
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