第二話 【プロジェクト"Harima"】
1
超兵器・播磨。
通常戦艦二個戦隊分の火力を誇る超大型の双胴戦艦。甲板上に備えられた巨大な砲塔は、それ1基で巡洋艦程の重量を持つ。その戦闘能力は一個艦隊に匹敵するともいわれ、これまでに参加した海戦ではその圧倒的な力を見せ付けてきた。
だが、播磨には弱点があった。欠陥と言い換えてもいい。播磨の『心臓』ともいうべき起動装置の信頼性が低く、それが彼女に『失敗作』の烙印を押しつけていた。さらに播磨の持つ強大な戦闘能力が、その欠点を致命的なものへと変えた。
本国の技術者たちは、畏怖と皮肉を込めて彼女をこう呼んでいる。究極の欠陥兵器―――『暴君』播磨、と。
「その播磨がサイパン沖でどんな悲劇を引き起こしたのか。・・・・・・大佐。あなたもご存知でしょう」
眼前の参謀を見つめながら、ナギは口を開いた。連合艦隊作戦参謀・神重徳。マリアナで帝国の命運をかけた決戦が行なわれているこの非常時に、貴重な艦艇と陸戦隊を動員して遊撃部隊司令部に襲撃をかけた男。・・・その男の耳に、はっきりと届くように。
しかし、参謀は答えなかった。目と鼻の先にある漆黒の双眸。吐息がかかりそうなほど近い距離にある瞳の奥に、ナギは何の答えも見出すことができなかった。ただ降り続く雨音が、ガラスを通して反響する。沈黙に抱かれた部屋の中で、入り口の警戒に当たる兵士がわずかに身じろぎをした。
この司令室に侵入した兵士の数は、わずかに一個分隊。おそらく他の部屋―――通信室などにも戦力を割いているのであろうが、司令部を襲撃するにしてはひどく小規模な戦力だった。逼迫する戦局の中でかき集められたのがこの程度ということなのだろうか。だとすると、帝国が持つ予備戦力というのは思ったより底が浅いのかもしれない。もっとも、だからといって完全武装で固めた一個分隊を相手に単独で立ち回ったところで、その抵抗は長く持たないだろう。今自分ができることといえば、いつ来るのかも分からない味方の救援を待つことと、そのための時間稼ぎをする程度であった。
静寂に同調するように静かに息を吸って、ナギは続ける。
「播磨は決してあなた方が思うような万能の艦ではありません。信頼性に欠け、常に暴走する危険をはらむような戦艦を得たところで、帝国には何の利益ももたらさないでしょう」
「・・・・・・」
「大佐。今ならまだ間に合います。銃を収め、ここから退いてください。・・・・・・播磨は、あなた方に扱えるような代物ではありません」
今度は神が反応した。視線をこちらに向けたまま、ゆっくりと体を引いていく。
その瞳には何が映っているのか。ナギは得体の知れない不気味さを感じたまま、その両眼から目を逸らすことができないでいた。
互いに無言のまま、視線が交錯する。
沈黙を押し破って口を開いたのは―――神だった。
「播磨が、帝国に何の利益ももたらさない?」
「・・・・・・」
「私は、そうは思わない」
「・・・・・・」
ナギはもう一度、神の目を見つめた。そこに何が映っているのか。神は何を見ているのか。
(・・・・・・分からない)
ただ、男が見ているのはナギではなく、自分を通したその先にある『何か』だということだけは確かだった。
「ハワイ沖、マーシャル、グァム・・・そしてサイパン。ラ・プラタ沖も含めれば5回になるか」
神が、ひどくゆっくりとした口調で言った。
「5回・・・そう、たったの5回だ」
男の目は、もはやナギを見ていなかった。もしかすると、その意識さえこの空間にはないのかもしれない。そんな錯覚を覚えるほど―――神の声は、ひどく虚ろなものだった。
「この長い戦争の期間において、たった5回、戦闘に参加しただけだ。にもかかわらず、超兵器の名声は驚くべき勢いで高まりつつある。播磨だけではない。あの大型爆撃機や、欧州に登場したといわれる高速戦艦まで、噂に上らないものはない」
「・・・・・・?」
思わず眉をひそめる。この男は何の話をしているのだ?
「異界兵器―――その名が示すように、我々の世界でこの超兵器を保有したものはいない。イギリスも、アメリカも、あのドイツ帝国ですら、超兵器を配備したという話は出てこない。こちらの世界ではまだ造ることすらかなわない未知の兵器なのだ。だが―――」
そこまで言って、神はこちらをはっきりと見た。これまでの、どこか別の空間を彷徨っているような視線ではなく、明らかに自分を認識した上で見据えている。何か言い知れぬ予感めいたものを感じて、ナギは唇を噛み締めた。
神はこちらの胸中に気付くふうもなく、ただ暗然とした口取りで続けてきた。
「だがもし、こちらの世界で超兵器を保有することができたら? 未知の超技術の塊であるそれを手にすることができたら? この世界でただ一国、至高の力を持つ超兵器を持つことができれば・・・・・・」
ナギの体に戦慄にも似た感情が走る。この男は危険だ。何かとんでもないことを考えている。・・・いけない。この男を止めなければならない。・・・・・だが、どうやって?
こちらの思いに気付く様子もなく―――神は、恍惚にも似た表情でこう言ったのだった。
「我々は、世界の王にもなれるかもしれない」
2
短く閃光が走った。僅かな間をおいて、轟音が周囲を満たす。
雷鳴が唸りを残す中で、神は自身の勝利を疑わなかった。
作戦はほとんど成功したといってもよかった。目標である超兵器は扶桑を初めとする友軍艦隊の包囲下にあり、脱出できる状況にはない。工作艦の修理を受ける播磨はもともと動ける状態ではないだろうし、護衛戦力も巡洋艦程度の艦を1隻しか付けていないようだった。その護衛艦にしても未だ完全な稼動状態ではなく、損傷した箇所が一目で分かるような有様だった。ただ、艦首の単装砲―――速射砲という名前だったか―――だけは機能を維持しているのか、その砲口は自身を包囲する帝国海軍の駆逐艦に向けられていた。もちろん、それが火を噴くことはないけれども。
司令部の制圧は、ほとんど完了したようだ。2個小隊にも満たない地上戦力で敵を排除し、司令部を掌握できるかどうか不安だったが・・・・・・どうやらうまくいったようだ。通信室は真っ先に押さえることができたし、そのほかの部隊から緊急報告が入ることもなかった。 おそらくマリアナの遊撃部隊も、本部で何が起きたのか知ることはないだろう。彼らはわずかな数であっても強大な戦闘力を持っているから、万一にも司令部が制圧されたことを知られたら恐るべき事態となっていたはずだ。だが、それも杞憂だった。
播磨も司令部も無傷でこの掌中に収まった。作戦は、完全に成功したのだ!
神は思わず哄笑を発しかけ・・・・・・ふと、ナギに目を向けた。
ナギが―――この遊撃部隊司令官が、頭を垂れたままひとり何事かをつぶやいている。
白い軍帽に隠れているため、表情を伺うことはできない。
・・・狂ったのか? そう思った。
こうした局面に置かれた人間が緊張に耐えられずおかしくなってしまうことは珍しくない。
これまで共に戦ってきた相手に自室を踏みにじられ、武装した1個分隊の兵士に囲まれて拘束されているのだ。足こそ縛られてはいないものの、両手は後ろ手に縛られて身動きが取れないでいる。外は豪雨。陰鬱な空と、ときおり響く雷の音。救援は期待できない。暗然たる気持ちに囚われてしまっても無理はないとだろう。
―――だが。
一個艦隊を統べる指揮官ともあろう者が、果たしてそこまで脆弱であろうか。それもただの艦隊ではなく、超兵器まで保有する艦隊を任されるほどの人間が。
ふと気配を感じた。見ると、件の女性司令官が顔を上げてこちらを見ている。神はそこに、何か危険な匂いを感じた。目を細める。ナギは、自分には知れない何かを決意したような眼差しで、こちらを見据えていた。
(自決する気か?)
そんな考えが脳裏をよぎる。追い詰められた敵が自ら命を絶つのはよくあることだ。情報漏洩を恐れて。あるいは虜囚の辱めを受けないように。洋上も司令部も押さえられたこの状況で、この司令官がその貴重な例外でないという保証はどこにもなかった。
すぐに止めるべきだった。この司令官から聞き出すべき内容は山ほどある。異界の存在から播磨の起動方法まで―――特に播磨のそれは重大だった。戦艦はああ見えて、意外と繊細なものだ。定期的に整備点検をしておかないと、いざというときに能力を出し切ることができなくなる。しかも播磨は排水量が数十万トンを超える超巨大艦だった。下手に運用を間違えれば、自壊すらあり得るかもしれない。それではこの作戦の意味がない。我々は播磨を我が物とするためにここに来たのだ。
ナギの拘束を完全なものにするべく命令を下そうとして・・・・・・神の動きはそこで止まった。
「ひとつだけ聞きます」
ナギが言った。「これは大佐個人で起こした行動ですか。それとも、日本の上層部が承認した正規の作戦なのですか」
唐突に振られた質問に、神はたじろいだ。
「お答えください。大佐」
ナギはまっすぐに神を見つめてくる。
有無を言わさず問いかけるその視線に、神は抗うことができなかった。
・・・恐るべき圧力。驚くほど強靭な意志。武器も持たぬ女司令官如きに、この私が押されている。・・・馬鹿な。状況は私に有利なはずなのに。圧倒的優位に立つのはこの私であるはずなのに。どうしてこの司令官は―――こんなにも強い目をしていられるのだ? こんな目で私を見据えることができるのだ?
怖い。恐ろしい。あらゆる艱難を振り払って私を押し殺そうとも見えるこの視線が、どうしようもなく恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい・・・!
「・・・・・・」
神が無言でいるのをどう捉えたのだろう。ナギは静かに目を伏せた。
視線から開放された神は、悟られぬように小さく息をつく。それに被さるようにして、彼女の声が響いた。
顔を伏せ、ほとんど囁きにも近いそれをどうして聞き取ることができたのか。絶え間ない豪雨の中で、神の耳はひどく哀しい音階を捉えた。
「・・・愚かな。我々と同じ過ちを繰り返そうというのか」
不思議な言葉だった。我々と同じ過ち。それはどういう意味だろう。
神が疑問を顔に浮かべるより早く、ナギが床に目を落とした。その先にあったのは、一枚の紙。重要とだけ判が押されたその書類には、ただ一言、『覇王が動いた』とだけ書かれていた。
雨音に満たされた部屋に小さな、だが決意に溢れた声が響いた。「本当は話すつもりはありませんでしたが、あなたには教えておきましょう」
「我々の世界の話と―――『超兵器』という存在が、どのようにして生まれたのかを」
3
―――プロジェクト"Harima"―――
それが、超兵器の始まりだった。
無人戦闘艦計画。当時実用化の域に達しつつあった人工頭脳を用いて作られたそれが、異形の兵器を生み出すきっかけとなった。
当時の世界情勢は非常に逼迫したものだった。その子細や原因となった事項はともかく、情勢はかなり逼迫していた。それは緊張と言い換えてもいい。世界が大戦勃発は避けられぬものと判断し、列強各国はその軍備の増強に躍起になっていた。計画はそんなときに生まれた。
プロジェクト"Harima"―――誰が言い出したのか今となっては定かではないが、とにかくそう名付けられた計画は驚くべき速度で進められていった。完成したばかりの人工頭脳・・・開発者が『モジュール』と呼んだそれを片っ端から載せながら、実験は繰り返された。人間の神経回路にも似た構造でモジュールと船体を繋ぎ止め、頭脳と艦そのものを一体化させる。―――まるで人間のように。
意図は無人で戦闘艦を動かすことにあった。本来莫大な人数と手間をかけて行動する艦を、たったひとつの頭脳を載せることで制御する。人員も、その養成も不要。行動原理となる基本情報、そして操艦に必要な知識を頭脳に刷り込むことで、ただ一人の乗員も乗せることなく艦は走り続ける。戦闘行動すら、操艦と同様に戦術や戦闘規則といった情報を入力しておくことで可能になる。
それは、無人で戦うことのできる艦をつくり上げるというものだった。
このことの意味は重大だった。もともと艦船というものは、動かすだけでも多くの人員を必要とする。それが戦艦のような大型艦ともなればなおさらだ。艦の戦闘力を高めれば高めるだけ、多くのマンパワーが必要となってくる。だが、一旦戦争に突入すれば人員の損害は平時のそれとは比べ物にならぬほど跳ね上がる。それは莫大な差といっていい。艦が大きければ大きいだけ、艦が沈めば沈むだけ・・・・・・乗員の損害は大きなものになる。だが戦場で必要とされるのは、敵のそれよりも圧倒的に高い戦闘力と数だった。
戦争に勝利するためには、敵よりも大きな戦力が必要になる。だがそれを揃えるためには、恐るべき量の人員と、手間と、資金と時間が必要になる。勝利のためにそれを許容するか、それとも戦争に敗北するリスクを負って現状維持に留めるか。
このジレンマを解決する究極の手段が、この無人戦闘艦計画だった。祖国が―――というより各国が、その実用化に向けてあらゆる努力を投入することを拒む理由は存在しなかった。
祖国は、超大型の双胴戦艦にこのモジュールを組み込むことを決定した。従来の戦艦2個戦隊分の火力を誇るこの超巨大戦艦に必要な人員は、通常ならば一個師団にも匹敵しただろうといわれている。それがモジュールを組み込むことで、完全無人という究極のレベルに到達する。こうした計画は、本来ならば長い時間と多くの手間をかけて実験を繰り返し、安全性を確かめてから実用化に移るのだが・・・・・・逼迫する世界情勢がそれを許さなかった。上層部は開発者たちの警告を無視して、完成したばかりのモジュールを船体に組み込んだ。生み出されたばかりの人工頭脳は艦の中枢に設置され、神経回路を用いて艦そのものと一体化した。この個体は"Harima"と名付けられた。無人戦闘艦計画の栄えある第一歩というわけだった。
"Harima"が組み込まれたのちも建造は驚異的な速度で進められ―――開戦までわずかに時間を残した状態で、この巨大戦艦は洋上にその姿を浮かべた。
モジュール・ドライブ搭載艦―――『超兵器・播磨』の誕生だった。
ただこの時点では、まだ計画が完成したとは言えない状態であった。というのも、モジュールを搭載した戦闘艦が実際に海に浮かんだのはこれが初めてであり、その実用性もまだ疑われていたためだった。ろくなテストもせずにドックから叩き出された播磨は、ようやくここで走ることを許されたのだった。
実戦を想定して弾薬も積み込まれ、俗に言う『臨戦状態』での試験航行が行なわれた。艦の奥深くで眠っていた人工頭脳に起動信号が送られ、それまで艦を操っていた操作員たちは播磨を離れていった。彼らは護衛と監査を兼ねる駆逐艦に乗り移り、起動のときを待った。駆逐艦にはモジュール・ドライブ開発者や、軍上層部の面々も乗っていた。モジュール・ドライブ搭載艦初の試験航海。計画関係者一同が見守る中、モジュールに最初の指令が与えられた。『全力試験航行を行なうべし』・・・それは無人戦闘艦計画完成の第一歩となるはずであった。その直後。
播磨は、暴走した。
船体に据えられた巨砲が駆逐艦を撃ち抜いた。続いて舷側の副砲が火を噴いた。機関砲が、誘導弾が、傍らを航行していた小型艦を叩き潰した。徹底的に、叩き潰した。駆逐艦が轟沈した後も弾丸が途切れることはなかった。それは殺戮だった。至近距離から無数の砲弾を撃ち込まれた船体は消し飛び、洋上に投げ出された人間を機関砲が撃ち抜いていく。沈みゆく駆逐艦が生き残った者たちを引き擦り込み、回転するスクリューが赤い飛沫を撒き散らした。
実験は失敗だった。多くの関係者が命を落とした。モジュール・ドライブを生み出した『創始者』もまた、その中に含まれていた。
その後の実験でも、起動するたびに同様の悲劇が繰り返された。弾薬を積んでいなかったときなど、"Harima"は船体そのものを武器としてぶつけてきたほどだった。暴走の原因は未だにはっきりしない。起動信号を送っただけで暴走することもあれば、起動から試験終了までまったく異常を起こさなかったケースもある。ただし船体に何らかの衝撃を加えた場合、暴走はきわめて高い確率で起こっていた。
播磨はモジュールの搭載を前提として建造されたため、乗員だけでこの巨艦を操作するにはかなりの困難を極めた。まったく不可能というわけでもなかったが、もとが無人艦であることが祟って『有人戦闘艦としては駄作中の駄作』とまで評された。
しかし不動の沿岸砲台とするにはその体はあまりにも巨大であり、維持コストも莫大なものが必要になるため・・・・・・結局播磨は『失敗作』として放置されることになった。船体を収めるための海上倉庫を作る案も出されたが、実験艦のために作るには費用が大きすぎるとして却下された。
結果―――無人戦闘艦計画は放棄された。
播磨の命は、ここで尽きるはずだった。常に暴走の危険をはらむモジュール・ドライブ搭載艦は、ここで終焉を迎えるはずだった。
第二の『超兵器』が、他国で完成するまでは。
4
軍備には、その性格上『仮想敵国と同レベル以上のものを保有すべし』という不文律がある。
これは敵よりも優れた戦備を持つことで抑止力とし、あるいは開戦となった場合には、敵のそれに対抗できるだけの戦力を整えなければならないという思想から来ている(いざ戦争となった際に「敵の装備が強すぎて勝てません」では何のための軍備なのか分からない)。この不文律からすれば、他国が『超兵器』を保有したとなれば自国にもそれに対抗できる戦力を整えなければならないことになる。
しかし"Harima"の実験で超兵器の信頼性に疑問を抱いていた上層部は、第二の超兵器も同様の『欠陥』を抱えていると判断。通常兵器の数でこの戦力差を補う手を考えた。モジュールを搭載した無人艦からすれば人員比は大きくなるが、"Harima"の失敗に懲りた祖国は未知の巨大戦力よりも確実性を取った。「通常艦艇の増備を急ぎ、敵超兵器に対抗できるだけの戦力と戦術を構築する」・・・これが、祖国の決定だった。
だが、その対抗策も超兵器が持つ『力』によって改変を強いられることになる。
モジュール・ドライブには奇妙なところがあった。
暴走する危険性もその特徴だが、もうひとつ、『転移能力』という通常艦艇には絶対にあり得ない能力を持っていることが挙げられる。転移―――文字通り、空間を飛び越えてどこか別の空間へ移動してしまう能力。これが発見されたのは、ある偶然からだった。
開戦からわずかな時間を経て行なわれた超兵器追撃戦がある。ちょうどこちらの世界で独装甲艦グラフ・シュペーが損傷し、ウルグアイのモンテビデオ港に逃げ込んだ頃だった。
祖国の艦隊が1隻の高速戦艦を追っていた。名は『シュトゥルムヴィント』。航空部隊による攻撃で若干の損傷を与えながら、惜しくも取り逃がした超兵器だった。シュトゥルムヴィントは水上艦としては異様なまでの高速性を誇る戦闘艦であったが、それでも休みなしで高速を発揮しているわけではない。全力走行は多大な燃料を消費するし、機関にも大きな負担を掛ける。友軍艦隊はそこを突いた。洋上で足を休めていたところに奇襲をかけ、包囲網をつくりあげた。状況は友軍に有利で、段取りさえ間違わなければ通常艦艇でも数と戦術で押し切ることは可能だった。友軍の勝利は、ほとんど確実だった。
にもかかわらず、彼らは超兵器を仕留めることができなかった。
最初の異変はわずかなものだった。レーダー上に奇妙なノイズが移り込み、超兵器の周りに陽炎のようなゆらめきが現れた程度だった。
だが異変は急速に拡大した。計器類が突然誤動作を始め、吹き荒れた突風で強化ガラスが砕かれた。時計が恐るべき勢いで逆流を開始し、正面のゆらめきは景色全体を覆っていった。超兵器戦艦がゆらめきに呑み込まれる。乗員はその光景を唖然として見守ったという。そして白濁の光に彩られてゆらめきが艦体を包み込んだ瞬間―――シュトゥルムヴィントは姿を消した。
レーダーに反応はない。超兵器が発する特有のノイズも観測されなくなった。シュトゥルムヴィントは『消えた』のだ。
艦隊は周囲を捜索した。駆けつけてきた空母部隊も応援に回ったが・・・・・・結局、超兵器を確認することはできなかった。
消えた超兵器―――その行方を探り始めて数日後・・・・・・ある偵察機が、そこから離れた海域を航行する2隻の戦艦を認めた。1隻は間違いなく、姿を消した超兵器戦艦シュトゥルムヴィントだった。だがその隣を動いている小さな艦影は、こちらの世界のどこにも存在しないはずの装甲艦だった。その艦がアドミラル・グラフ・シュペーだと判明するのは、かなり後になってからだった。
それから似たような例が何度も報告され・・・・・・その後の調査で非武装化した播磨を用いた実験でも同じような現象が発生したことから、超兵器が『転移能力』を持つことが確認された。ただしこの転移現象の原理などは解明されておらず、『超兵器が転移能力を持つ』ということ以外はっきりとよく分かっていないのが現状だった(不思議なことに、同じモジュール・ドライブ搭載艦でも播磨やシュトゥルムヴィントのような巨艦以外では発生せず、これもモジュールの謎の一つとされている)。
とにかくこの転移能力の存在は、上層部の方針を変更させるのに十分な威力を持っていた。
敵超兵器が転移能力を持つ以上、捕捉は困難を極める。通常艦艇が転移能力を持つことができない以上、超兵器を確実に捉えるためにはこちらにも超兵器が必要となる。
播磨の復活が決定した瞬間だった。
ただちに吹きさらしの海岸から船体が運び込まれ、播磨を生み出した巨大なドックが再びその船体を呑み込んだ。播磨の武装を削減して居住施設を詰め込み、『暴走』の被害を最小限に食い止めるための制御装置が搭載された。
長い改装を経て播磨は復活を果たし、戦場に立つこととなった。究極の欠陥兵器、暴君播磨と蔑まれつつも、超兵器を捕捉できる唯一の存在として海上を駆けることになったのだ。
「・・・あとはご存知の通りです。ハワイ沖にこそ間に合いませんでしたが、超兵器揚陸戦艦デュアルクレイター撃沈は播磨の転移能力があればこそ可能になったものです」
そこまで話し終えたあと、ナギはひとつ息をついた。
「大筋はこんなところです。我々がこちらの世界に転移してきたのも、こちらの世界に紛れ込んだ超兵器を破壊するためにしたこと。決してあなた方を苦境から助けるために来たわけではありません。これまで共に戦ってきたのは、それが超兵器の破壊に必要な処置だったからです。そして我々の戦いは、まだ終わってはいません。故に―――」
瞳に力を込める。
「あなた方に播磨を渡すことはできません。譲るつもりもありません」
決意と意思を込めて、言い切った。播磨の危険性と共にこれらの情報を一気に流し込んでしまえば、しばらくの間は判断に困るだろう。その間に自分は『救援』を待てばいい。あと少しの時間を稼ぐことができれば・・・・・・この状況を打開することができる。その当てもある。それを踏まえた上での、これは賭けだった。
こちらの世界に赴く際、極力自分たちの情報は提示しないように訓令を受けている。まったく漏らしてはならないというわけではなかったが、こちらの世界でもそうした兵器が開発されることを、上層部は危惧しているのだ。こちらの世界の技術力を見る限り、そうした類のものが開発される可能性はほとんど零に近いと思われているが、用心するに越したことはない。必要最低限のこと以外は口にするなというのが、上層部の、遊撃部隊を派遣する際の方針であった。
ナギは神を見た。
賭けは成功しただろうか。膨大な情報を与えられた神は頭を軽く押さえてかぶりを振り・・・・・・そして、こちらを見据えてきた。はっきりと。
嫌な予感が背筋を這い上がる。神が言った。
「・・・大筋は理解した。超兵器の誕生も、その背景も」
続ける。
「だが、我々は勝たねばならんのだ。この戦争に。アメリカに」
神の目は本気だった。彼は本気で、播磨を帝国のものにしようとしている。祖国のために。海軍のために。そして―――
「帝国が負けるわけにはいかぬのだ。連合艦隊は・・・我々は世界でもっとも強い存在であらねばならぬ」
―――己の野望のために。
「何があろうと、播磨は渡さぬというのか」
神が言った。
答えは変わらなかった。播磨は、渡せない。ナギは床上の紙面に目を落とす。そこに書かれている言葉―――『覇王』。
我々はまだ戦わねばならない。あの超兵器を破壊するために。我々の使命を成し遂げるために。それにはあの暴君の力が必要なのだ。最初の超兵器、超巨大双胴戦艦・播磨の力が。
こちらが無言でいることを拒否と捉えたのか・・・・・・神の目が変わった。ナギはそこに色を見た。赤い色。怒り。憤怒。攻撃衝動。
「我々は王になるのだ!私はこの世界でただひとりの、超兵器を持つ至高の存在となるのだ!」
考えるより先に、体が反応していた。もはや隠す必要などない。胸元に仕込んだマイクロフォンに向けて、あらん限りの声を振り絞って怒鳴る。―――この狂人を止めるのだ。言葉ではなく、この男が信じている絶対的な『力』で!
ほぼ同時に、神も叫んでいた。
「播磨を守れ!」
「播磨を奪え!」
第三話 【守るべきもの】
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