鋼鉄の咆哮1943 【海を統べるもの】


エピローグ
1944年 第零遊撃部隊司令部



 暗雲が立ち込めていた。すでに小雨が降り始めているようだ。目前の窓ガラスに、水滴が斜めに線を描く。視界は良好とは言い難いが、それでも沖合いに浮かぶ傷付いた巨大戦艦の影は容易に見て取れた。
 ナギはかすかに首を振った。形のよい唇から、小さく息が漏れる。

 あの双胴戦艦は、やはり用いるべきではなかった。そう思う。播磨は確かに強大な攻撃力を誇る戦艦だが、兵器としての信頼性には大きな疑問が残る。前線で戦う兵器でもっとも必要とされるものが信頼性であるとするならば、播磨は完全な失敗作だった。
『究極の欠陥兵器』・・・本国の技術者たちの中には、播磨をそう評する者もいる。だが、これまでに播磨が引き起こした事件とその被害を考えるならば、その評価は恐ろしいほど現実に即しているのだ。


「あらゆる兵器を超えるためにつくられた存在は、その巨大な戦闘力故に暴走を止めることができない」


 これは、プロジェクト"Harima"の起動実験のときに生まれた言葉だ。
 超兵器が暴走したとき、それを止められる者はほとんどいないといっていい。それは本国だけではなく、こちらの世界でも証明された。いや、されてしまった、と言い換えるべきだろうか。

 昨年2月の内南洋海戦でも、その『症状』は起きた。多くの被弾による衝撃が、播磨の起動装置の逆鱗に触れたのが原因だった。
 あまりに多くの衝撃を受けたことから、"Harima"は全周囲に渡って敵艦艇が存在していると誤認。全火力を以って、指定する目標を次々と破壊していった。その中には、第零遊撃部隊本隊の護衛艦や帝国海軍の戦艦武蔵も含まれていた。炎上する旗艦の中から脱出できたのは、二次損害対策の成功と、優秀な部下たちのおかげだった。
 日本艦隊と播磨の同士討ちを好機として突撃をかけてきた米戦艦部隊などは、ほとんど射撃の機会もないままに撃沈されていった。生存者は僅か。最初に零距離射撃を浴びた第四戦隊の艦になると、総員戦死という有様だった。その意味からいえば、自分は幸運に恵まれていたことになる。
 最終的に播磨は、南雲忠一率いる遊撃部隊第二戦隊の雷撃による傾斜で発砲ができなくなったことと、播磨搭乗員の起動制御装置作動によって全機能を止められたことでようやく沈黙した。それまでの時間に撃沈された艦は、大型艦だけで6隻に及んだ。武蔵やデュアルクレイターも、その凶刃から逃れることはできなかった。わずか一時間足らずの間にこれほどの被害を出したのは、本国の起動実験のとき以来かもしれない。結果的にマリアナ防衛は果たすことができたのだが、被害とその内容を考えると安易に喜ぶことはできなかった。

 現在、播磨は遊撃部隊の工作艦によって修復が急がれている。幸いなことに艦の主要部分はそれほど傷も付いておらず、雷撃による損傷と艦上構造物の再建さえ終われば、すぐに実戦任務に戻れるはずだった。とはいえ、海戦から一年近く経過した今でも修理は終わっておらず、完全な復旧には今しばらくの時間が必要であったが。


 ナギはデスクの上の書類に目を落とす。新たに開口させたゲートを用いて運ばれてきたそれは、本国の戦況を映した報告書だった。
 これを見る限り、祖国での超兵器撃滅作戦は成果を上げているようだった。異界へと逃亡を図ったものを除き、ほとんどの超兵器を撃破したと伝えられている。残る超兵器の数も、あと僅かだった。
 ナギはかすかに頬を緩ませる。これは喜ぶべきことだった。全ての元凶である自分たちがこの作戦に失敗したのでは目も当てられない。劣勢の中、戦友たちと共に激戦を繰り広げた甲斐があった。そう評してもいいだろう。

 もう一度息を吐く。安堵の込められた息を感じながら、ナギは目を閉じた。
―――まもなく第零遊撃部隊の任務も終わりのときがくるだろう。この悪夢のような現状に、終止符を打つことができる。この悪しき夢を打ち砕くことができる。・・・ようやく終わるのだ。この、長い長い戦いが。

 瞳を開いて、書類をめくる。白く美しい指が、一枚の紙をたくし上げた。
 ナギの表情が凍りついた。

 瞬間、部屋の入り口が荒々しく開け放たれた。軍靴の音が部屋に響き渡り、小銃を構えた兵たちがなだれ込んでくる。
 一瞬動きを止めたナギに、銃口が突きつけられた。数は決して多くないが、とても抵抗できる規模ではない。素早く視線を走らせたナギは、その正体を見抜いた。帝国海軍特別陸戦隊。海軍根拠地や停泊艦船の治安維持を担当している陸上部隊。接近戦を考慮しているのか、短機関銃を装備した兵もいる。
 相手を刺激しないよう、注意を払いつつ口を開く。
「何者か。ここは認められた者以外は立入禁止のはずだが」
 だが指揮官らしい男はそれには答えず、背後の扉に向かって声をかけた。
「敵はナギ一人です。お入りください、大佐」

『敵』―――男は確かにそういった。つまり、この連中は第零遊撃部隊を敵と見なしているのだ。思わず握り締めた拳に力が入る。
 男の言葉に連れられて、チョビ髭を生やした参謀が姿を見せた。ナギはその男を知っていた。対面するのはこれが初めてだが、連合艦隊の中ではかなり有名な人物らしい。内南洋海戦後は、米主力戦艦の壊滅を好機として第八艦隊による夜間のトラック諸島奇襲作戦を提案したとも聞く。陸軍の辻正信と並んで、海軍の名物参謀と謳われる次期連合艦隊参謀長候補の一人。名前は確か―――
「連合艦隊作戦参謀の神重徳と申します。見知りおきを、ナギ司令」
 ナギの目前で立ち止まった男は、口端を奇妙な形にねじ上げた。




雷鳴が轟く。稲妻が走って、神の横顔を妖しく映し出した。
陸戦隊の兵士に拘束されたナギの手から、一枚の書類が舞い落ちる。
『重要』とだけ判が押されたその紙には、ただ一言、こう書かれていた。





『覇王』が動いた、と。








第四章に続く




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