第二話 【我が砲火は衰えず】
1
デュアルクレイターは双胴型の揚陸戦艦だ。強固な要塞に守られた敵拠点を強襲占領することを目的に建造され、その船体には多くの近接支援火器を装備している。艦尾には艦載艇、船内の格納庫には大型の回転翼機が搭載されており、状況に応じてこれらの兵器も戦場に投入されるという。
その性格上、与えられた装甲はそれほど厚いものではないが、それでも並みの戦艦の主砲弾を防ぐ程度の防御力は備えているとみるべきだろう。現にマーシャル沖では、帝国海軍第一戦隊の砲撃をものともせず撃ち返してのけたと聞く。速力もかなりのもので、比較的高速の巡洋艦でも捕捉は困難を極める。夕張以下、遊撃部隊第二戦隊が突撃をかけた際にもその高速に振り回され、有効弾を得ることができなかった。龍驤の艦爆隊が敵の足を止めてくれなければ、艦隊は全滅に近い損害を被っていただろう。
(つまり、我々が突けるような弱点はこれといってないわけだ)
遊撃部隊司令部からもたらされた情報を脳裏で反芻しながら、南雲は思考を巡らせる。
今作戦において、彼我の戦力はほぼ互角。米軍は新型のサウスダコタ級戦艦も投入しているというが、こちらには46cm砲を備えた武蔵がいる。戦列復帰に間に合った第一戦隊の戦艦群も、米旧式戦艦を押さえ込んでくれるはずだ。懸念されていた敵空母部隊も、友軍機動部隊の攻撃で動きを封じられている。先ほどまでに寄せられた報告の中には、空母数隻を撃破したともあった。これも脅威とはなりえないだろう。
となると―――やはり恐るべきはあの異界兵器・デュアルクレイター。
当初の計画では遊撃部隊本隊の戦艦・播磨が相手を務めるはずであったが、機関に不調を来たしたあの超兵器は洋上で復旧作業中だった。損傷が回復次第こちらに向かってくるというが・・・それとていつになるか見当もつかないという。オペレーターはすでに再起動に成功したと伝えているが、期待の超戦艦は未だに姿を現さない。
南雲は時計を見た。黄昏にはまだ時間がある。陽は傾いたばかりで、南洋の暑い日差しが艦隊を照りつけている。上空を、古びた直掩機が守っていた。
敵は近い。水平線にはまだ見えていないが、そう遠くない位置に敵は存在する。上陸部隊を引き連れた米軍と・・・、そしてあの恐るべき異界兵器が。
―――・・・播磨はまだか。
唇を噛む。胃が音を立てて痛んだ。戦闘前はいつもこうだ。指揮官であるが故に部下の前では隠すように心掛けているが・・・南雲はどちらかといえば穏健を好む性格だ。故・山口大将や角田少将のように闘志に溢れる人間ではない。真珠湾作戦を引き受けたときには、思わず草鹿参謀長に弱音を吐いてしまったこともある。
ハワイ沖、マーシャル、グァム・・・これまでに幾度となく戦場をくぐり抜けてきたが、この感覚に慣れることはない。不安に押しつぶされそうな意識を気力で奮い起こし、艦橋に立つ。配下の者に内心を気取られないよう気を払い、ときには消えかける戦意を無理やり叩き起こす。南雲は常にそうして戦ってきた。
指揮官とは孤独なものだ。陣頭に立つ者が弱気を見せれば部下はすぐにそれを見抜く。それはときに士気崩壊に直結する。下の者は常に上を見て動く。臆病な指揮官に率いられた部隊がときに異様とも思える負け戦を経験するのはこのためだ。しかしそのことを相談する相手はいない。自分は最先任の司令官だ。周りは全て下の者。誰にもこの胸中を打ち明けることはできない。この孤独に耐え、戦場で最良の指揮に成功した者だけが勝利に酔いしれることを許される。
弱気は敗北を招く。南雲はそれを知っていた。故に、不利な戦況を知りながらも不安を口に出す真似はしない。湧き上がる疑念を振り払い、さらに思考を進めていく。
遊撃部隊は、全五戦隊から成る。ナギが座乗し、直率する第一戦隊。南雲自身が率いる第二戦隊。軽空母龍驤と護衛駆逐艦2隻を擁する第三戦隊。異界から増援として派遣された第四戦隊。そして超兵器・播磨のみで構成された第五戦隊だ。
この内第一・第四戦隊は、マーシャル沖で米戦艦部隊を葬った巡洋艦と、その同型艦から成っている。実質的な戦闘力は連合艦隊戦艦部隊を凌駕するともいわれ、播磨のいない現時点では遊撃部隊最強の戦力となる。
帝国海軍の艦艇で編成されているのは、夕張を旗艦とする第二戦隊と、部隊中唯一の航空戦力となる第三戦隊だ。こちらは連合艦隊ほどの打撃力は期待できないが、一個水雷戦隊が行なう統一魚雷戦は苦戦する友軍の支援にもなるはずだ。遊撃部隊が敵揚陸戦艦に苦戦するようであれば、ただちに増援兵力として突撃することになっている。播磨が間に合わないために組み上げられた応急策だが、背に腹は代えられない。今は、この戦術で対応するほかなかった。
やがて見張りが報告を寄越す。
「水平線上に敵大型艦を視認! 超兵器と思われます!」
ついに来た。水平線の彼方に、忌まわしい巨大な影が映り込む。デュアルクレイターを先頭に、敵艦隊が間合いを狭めてくる。
ただ一隻で一個艦隊に匹敵する戦力を持つ究極の戦闘艦―――超兵器。マーシャルでは大和を叩き潰し、連合艦隊第一戦隊を撃滅してのけた恐るべき敵。異界兵器。その名はデュアルクレイター!
これに対抗できる艦はただ一隻。帝国海軍の全将兵が待ち望む至高の存在。超巨大双胴戦艦!
想いは唇を震わせた。
「播磨はまだか!?」
2
「敵超兵器、発砲!」
見張りのそれは悲鳴だった。大和を行動不能に追いやった砲弾の威力は、友軍全てに伝わっている。
だが、艦を統べる者が怯えを見せるわけにはいかない。故に、武蔵艦長・有馬馨はこう応じた。
「怯むな! この武蔵はそう簡単に敗れはせん!」
艦内送話機を取る。繋がる先は射撃指揮所だ。
「少し遠いが仕掛ける。砲術長、頼んだぞ」
有馬の言葉に呼応するように、武蔵の主砲塔が動いた。巨大な砲身が正面の敵を睨み付ける。射撃に必要な諸元は入力済み。最大射程に近いこの距離では命中率は格段に落ちるが・・・相手は超兵器だ。贅沢はいっていられない。
今ならまだ米戦艦は戦闘圏外だ。彼らの主砲が火蓋を切るには、いま少しの猶予がある。敵戦艦が戦闘に参加する前に、デュアルクレイターを叩く。各個撃破を望める機会を逃すべきではない。
「敵弾、迫ります!」
周囲を轟音が占める。頭上から降り注いだ砲弾は、武蔵を正確に包み込んだ。圧倒的な火力。連合艦隊旗艦の姿が、巨大な水柱によって隠される。
「負けるな。撃ち返せ!」
武蔵が咆哮した。吹き上がる海水を突き破り、巨弾が一気に駆け上がる。成層圏に達した砲弾は、やがて重力に導かれて落下を開始する。その先にあるのは・・・・・・
「弾着―――今!」
有馬は顔をしかめる。・・・浅い。弾丸は全て海面を抉り取るだけで終わっていた。
敵超兵器はかなりの巨体だ。排水量は、この武蔵を遥かに上回るだろう。その巨躯に惑わされ、敵との距離を見誤ったのかもしれない。有馬は素早く思考する。この状況にあって、正確に敵との距離を測れる存在―――
「弾着観測機の展開は?」
「駄目です。敵回転翼機との空戦に巻き込まれ、接敵できておりません」
日本戦艦が搭載する零式水上観測機は優秀な機体だ。見栄えこそ古びた複葉機だが、その格闘性能は九六艦戦にも劣らない。空母の護衛を付けられない船団には、この零観が護衛任務に使われるほどだ。その観測機ですら敵に近付けないとなると・・・敵の艦載機も侮れない相手ということか。
だが弾着観測機が展開できないのは痛い。この存在如何では命中率が格段に違ってくる。少しでも早く有効弾を得るべきこの状況下にあって、これは手痛いものといえた。
上空では友軍戦闘機と敵回転翼機との交戦が始まっている。二号零戦の中に混じって、龍驤の九六式の姿も見える。零戦隊よりも九六艦戦の方がうまく立ち回っているようだ。有馬は龍驤所属の戦闘機搭乗員が、一度あの敵機と刃を交えていたことを思い出した。
「第零遊撃部隊か。・・・今度はどんな手を見せてくれるのだ」
つぶやく間にも戦闘は推移する。光学照準のみで補正数値を割り出した砲術長が指示を出し、再び武蔵の主砲が唸りを上げる。
敵艦隊は進路を変えることなく接近しつつある。このまま進めば、じきに後続の友軍戦艦も射撃を開始するはずだ。破壊力は敵のそれに及ばないが、手数の多さで圧倒する。超兵器といえど、多数の命中弾を喰らえば無事では済むまい。・・・問題は、それまでに武蔵が持ちこたえられるかどうか、だが。
有馬の危惧に応えるように、超兵器の砲弾が武蔵を捉えた。一番砲塔に直撃弾。続いて艦中央部。爆発が武蔵の船体を揺るがせる。被害報告。
一番砲塔は敵弾を弾き返したようだ。もっとも装甲の厚い防盾に命中した砲弾は、虚しく海水を撒き散らす。
中央部に受けた被害は高角砲と機銃座の損傷で済んだ。重要装甲区画を、敵の砲弾は突破できなかったらしい。
(いけるかもしれない。この武蔵なら、奴を食い止めることができるかもしれない!)
「第二斉射、敵超兵器を挟叉!」
有馬は見た。敵の巨大な船体が、武蔵の作り上げた水柱に包み込まれている。挟叉弾―――武蔵は敵を捉えたのだ!
(やれる! あの超兵器はこの武蔵が貰い受ける!)
そこまでだった。
衝撃が武蔵を貫いた。
轟音。照明が落ちた。周囲の明るさが消え失せる。叫ぶ。「被害知らせ!」
応答はなかった。繰り返す。被害知らせ! 被害報告!!
応じる言葉はない。有馬は状況を悟った。―――電路をやられたか!
あのとき大和は電路を切断されて戦闘継続能力を失い・・・沈没した。機関室からの浸水が止まらず、応急注排水装置が作動しなかったことが原因だった。今の武蔵は、その大和の二の舞になろうとしている。。
まずは各所の被害を把握することだ。有馬は伝令を走らせる。可能であれば砲戦を継続したいものだが、果たして砲が動くかどうか・・・。
敵は容赦しなかった。続けざまに砲弾が落下。さらに武蔵を押し潰す。被弾の衝撃は艦橋要員を薙ぎ払った。有馬も揺れに耐え切れず転倒。床に頭を打ち付ける。一瞬、意識が途切れる。
誰かが叫ぶのが聞こえた。
「二番砲塔全壊!」
3
誘爆が発生していた。
二番砲塔から大量の黒煙と火災が湧き出ている。幸いまだ弾薬庫に火は回っていないようだったが、あれでは消火に苦労することだろう。おそらく砲弾が装填されたところに敵弾を受けたのではないか。でなければ、あれほどの被害は発生しないはずだ。
視線を向けていたのは一瞬だった。武蔵から顔を外した藤田二飛曹は、周辺空域に目を凝らす。
敵回転翼機が、味方の弾着観測機を追い回していた。友軍戦闘機が救援に駆けつけているが、回転翼機の機動に翻弄されて観測機を守りきれずにいる。逆に敵を見失った友軍機が、強力な火箭に捉えられて撃墜されていった。
「畜生・・・!」
敵回転翼機は剣呑な相手だ。その機動力は従来の航空機の比ではない。機首に集中装備された機関砲は、おそらく30ミリ以上の大口径。1発でも喰らえば、脆弱な戦闘機など一撃で四散することだろう。
藤田はスロットルを押す。「寿」発動機が唸りを上げ、機体を全力で走らせる。
(遅い・・・!)
九六艦戦は今から7年も前に採用された旧式機だ。登場時はともかく、昨今の航空技術力が日進月歩であることを考えればとうに引退してしかるべき機体だった。それでも第一線任務に就けられているのは、零戦の生産が追いついていないからという理由に過ぎない。しかし、前線で必要とされているのは九六のような旧式機ではない。最新鋭の戦闘機だ。この機体では、もはや制空権は守れない。
―――より速く。より強い戦闘機を!
本土では零戦に代わる新型機の開発が進んでいると聞く。ハワイ沖航空戦の交戦記録をもとに、その戦訓を大きく取り入れた機体であるという。それがこの場にあるのなら、ここまで苦戦することはないものを・・・。
また1機・・・眼前で観測機が墜ちていった。主翼を吹き飛ばされ、錐揉み状になって落下する。脱出は不可能だろう。遠心力で体が振り回され、搭乗員は自由を奪われたまま海面に叩きつけられる。
「野郎・・・」
全力で敵機を追う。巡航時とは比較にならないほど莫大な燃料を消費しつつ、古びた戦闘機は蒼穹を駆ける。
九六艦戦の照準儀は望遠式だ。零戦のような光学照準儀とは異なり、望遠鏡を覗き込むようにして狙いを定める。サイトに回転翼機のシルエットが収まる。銃撃! だが敵は恐るべき旋回性能で回避を図る。敵機が減速する。同じ空域に止まったままこちらをやり過ごし・・・
藤田はとっさに昇降舵を蹴る。操縦桿を倒す。水平線が回転。海が空を埋め尽くす。銃弾が空を薙ぎ払った。フル・スロットル! 速度に関してはこちらが上だ。敵を引き離し、一撃離脱で反撃を仕掛けてやる。自機の優位を活かし、敵の弱点を突くのは戦闘の基本だ。
背後を振り返る。追撃に遅れた敵機は、遥か後方に取り残される。周囲に脅威となる敵も存在しない。当面の敵はあの1機だ。
―――零観の仇を討たせてもらう。
敵を視野に収め、反転をかける。異変はそのときに起きた。敵機の主翼の下から奇妙な白煙が立ち上る。・・・何だ? 目を凝らす。白煙の先に何かが見える。あれは―――!
再び空地を入れ替える。主翼をかすめて飛び去ったのは・・・対空奮進弾!
(連中も、何の装備改変もなしに向かってきたわけじゃないってことか)
どうやら敵も新たな装備で戦いを挑んできたようだ。これではますます苦戦を強いられることになるだろう。ようやく反転を終えた頃には、敵機も正面を向けて立ち向かってきた。
―――今度こそ生きて帰れないかもしれない。
脳裏をかすめたその思いを、藤田は振り切ることができなかった。
4
二番砲塔の火災は収まってきたようだ。消火班の活躍により、炎はその勢いを押さえ込まれて勢力を拡げられずにいる。
電路の復旧も進みつつある。主要部署との通信はその大半が回復した。戦艦武蔵は、損害から立ち直りつつあるのだ。
「一番砲塔、電路復旧。射撃再開できます」
待ちわびた報告が届く。有馬は頬を緩めた。短く命じる。「よろしい。射撃開始」
命令を受け、武蔵の主砲が吼える。二番砲塔はすでに戦闘能力を失っているため、一番砲塔のみの射撃だ。知覚できないほどのわずかな時間差をおいて、3発の砲弾が放たれる。
敵も黙ってはいなかった。武蔵が砲撃を再開したのを見て、発砲を開始する。
「航海長、取り舵20度。武蔵の全砲門を以って敵超兵器を叩き潰す」
「取り舵20度。宜候」
武蔵も敵も、互いに艦首を向けた状態で砲戦を続けている。距離は素早く狭まるものの、艦首側の砲塔しか使えないために投射火力は小さい。だがその状態でも、超兵器の火力は尋常なものではなかった。武蔵の倍以上はあるであろう砲弾を次々と送り込んでくる。有馬は艦尾側の三番砲塔を射撃に加えるため、転舵を命じたのだった。だが―――
「艦長、その命令は却下だ」
有馬は声の主を振り返り・・・露骨に眉をひそめた。「何故です、長官」
長官―――栗田健男は答える。
「簡単なことだ。それでは被弾率が増える。より多くの敵弾を喰らうことになるではないか」
「しかしこのままでは武蔵は一番砲塔しか使用できません。あの超兵器に対抗するには、三番砲塔も含めた全力射撃が必要です」
「ならん! 敵は大和すら撃沈するほどの火力を有しているのだぞ」
有馬は愕然とした。何を言っているのだこの男は。そんなことは戦いが始まる前から分かりきっていたことではないか。今更そんな事例を持ち出して・・・・・・どういうつもりだ。
「航海長、先ほどの命令は取消しだ。艦隊針路270度。全艦反転!」
「何ですと!?」
今度こそ有馬は絶叫した。反転? その命令に従うならば、武蔵は敵に尻を向けて逃げ出すことになる。一体何を考えているのだ!?
「長官、何故ここで反転なのですか。戦いはまだ終わっておりません。武蔵はまだ戦えます!」
その言葉に、栗田は一方向を指し示す。
「米軍の戦艦部隊が接近している。超兵器と米戦艦を同時に相手取るには分が悪い。ここは一度引いて戦線を立て直す必要がある。反転だ」
(本気で言っているのか・・・!?)
有馬は栗田の顔を睨み付けた。戦いには流れというものがある。攻守を変える戦場の中で、その流れを掴んだ者が勝利の美酒に酔いしれるのだ。今のところ流れはどちらにも向いていない。確かにデュアルクレイターも武蔵も強力な戦闘艦だが、まだ決着がついたわけではない。デュアルクレイターは武蔵にとどめを刺せないでいるし、、武蔵に至ってはまだ命中弾すら浴びせていない。互いに決め手を欠いているのだ。そんな状況の中で逃げ出すような真似をしてみせたら・・・・・・流れは間違いなく敵の手に渡るだろう。
しかも、武蔵はまだ敗れたわけではない。十分な戦闘力を残しておきながら旗艦が逃げ出すような様を見せたらどうなるのか。士気の低下は必至だろう。下手をすれば、全軍の壊走に繋がる恐れすらある。有馬は翻意を迫った。
「我が方にも第一・第二戦隊があるではありませんか。陸奥以下の戦艦4隻はまだ砲火の火蓋すら切っておりません!」
「それでも劣勢は変わらんのだ。敵には新型のサウスダコタ級2隻が含まれている。陸奥といえどもこれらを相手取るには力が足りん」
栗田は動かない。しかし有馬は諦めなかった。
「しかしここで退けばもう後がありません。マリアナを失えば次は硫黄島、そして我が本土が敵の射程に入ることになります!」
「負けるわけではない! 体勢を立て直すだけだと言っておるだろう!」
―――嘘だ。有馬は直感した。長官は恐れている。この武蔵が失われることを。・・・そして、その責が自分に向けられることを。
再び武蔵が揺れる。敵弾は船体を包み込み、吹き上がる水柱が一時的に敵の姿を覆い隠す。
「長官。今一度再考を願います。今ここで退けば、勝てる戦も逃してしまうことに―――」
「くどいぞ有馬! 艦長の分際で私に逆らうというのか!!」
ついに栗田は爆発した。その丸い顔が怒りのために紅潮している。
だが、有馬は目を細めただけだった。
―――ならばその震えている手は何なのだ。本当に怒りのために震えているのか。それが恐れから来たものではないと誓えるのか。
有馬の胸中に気付く様子もなく、栗田は泡を飛ばし続ける。
「大体、最初の計画では播磨が敵を押さえておくのではなかったのか! 遊撃部隊は戦艦二個戦隊に匹敵するのだろう。それなのに何故戦闘に参加しない!? 何故播磨は未だに姿を見せないのだ!?」
これは事実だった。マーシャル沖ではわずか3隻の巡洋艦だけで米戦艦部隊を葬った遊撃部隊は、奇妙なことに今回の戦闘では全くといっていいほど動きを見せていない。見張りの報告によれば、逆に敵から離れるそぶりすら見せているという。
有馬は傍らに立つ少年を見た。オペレーター・シュウ。流麗な顔立ちの若者は、黙したまま何も語らない。真新しい軍帽から伸びるマイクに口を寄せ、先ほどから何事かをつぶやき続けている。
それを無言の肯定と見たか、栗田は更にまくしたてた。
「協定違反だ! 第零遊撃部隊構想だか何か知らないが、我が帝国と共同戦線を張るというのは真っ赤な嘘だったようだな! 帰ったら査問会にかけてやるから覚悟しておれ!」
己の言動を棚に上げ、ひたすら他人を叩くだけのこの振る舞い・・・。ここまでくると怒りを通り越して呆れ果てる。この御仁はどこまで腐っているのか。
敵の砲弾が武蔵を叩く。また直撃を受けたようだ。武蔵が大きく震え、船速が急に衰える。
「何事か!?」
「機関損傷。出力3分の2に低下!」
有馬は顔をしかめた。・・・まずい。このままでは本当に大和の二の舞になりかねない。武蔵も巨弾を吐き続けているが、有効弾は得られていない。状況は確実に悪化しつつある。
栗田が息を吸った。
「反転だ! 全艦、針路270―――」
瞬間、正面に火球が出現した。栗田の叫びが掻き消され、閃光が視界を埋め尽くす。何だ。何が起きた!?
「状況報告!」
艦長の責に応えたのは・・・シュウだった。
整った顔に静かな笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。決して大きくはないはずのその声は、不思議と砲声の中で透き通って届いた。
それは、帝国海軍将兵の誰もが待ち焦がれた言葉だった。
「来ました。―――播磨です」
第三話 【狂乱の宴】
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