鋼鉄の咆哮1942 【太平洋の劫火】
エピローグ
1942年6月 日本本土
雨が、全てを覆っていた。
夕刻時というせいもあったかもしれない。視界はひどいものだった。
窓からはかろうじて門前に立つ歩哨の姿が見える。この豪雨の中でも身じろぎひとつせずに銃剣を構えているのは、それが訓練された兵であることの証だ。
窓枠から視線を外し、中を見る。赤煉瓦の中には雨もない。陰鬱な天気ではあるが、帝国の置かれた状況を考えると、むしろこちらがふさわしいのかもしれない。思わず口端が歪む。
マーシャル沖海戦の結果はひどいものだった。
戦果こそ、投入された米戦艦の半数を撃沈破と勇ましいが、帝国が被った被害の大きさが勝利を無意味なものにしていた。
連合艦隊第一戦隊の大和、長門喪失をはじめ、伊勢と山城が沈没、扶桑は修理するより新たにつくる方が楽といわれるほどの損害を受け、かろうじて戦闘能力を維持して帰還したのは陸奥と日向のみであった。
航空戦力も少なくない損害を受けている。決戦前に薄暮攻撃を仕掛けた五航戦の空母艦載機は敵戦闘機の迎撃と対空砲火により、多くの機体と、貴重な熟練搭乗員を失った。唯一艦隊決戦に同行、最後までエアカバーを提供し続けた龍驤も、超兵器が搭載していた回転翼機との空戦で直掩隊、艦爆隊共に壊滅的な打撃を受け、無力化された。・・・もっとも、この艦爆隊の急降下爆撃が敵超兵器の足を止め、撤退中に追撃を喰らって全滅するという悪夢から連合艦隊を救い出したのだから英雄と称されてしかるべきなのだが。
結局、瑞二号作戦で得たものといえば・・・若干の戦果と、第零遊撃部隊の実力を垣間見たことだけだった。その遊撃部隊にしても、敵超兵器の破壊には失敗しており、通常の戦闘艦艇では超兵器に抗し得ることは不可能という現実を立証しただけだった。
さらに敵は超兵器保有勢力の支援を受けており、砲戦時に米艦隊が見せたあの異様な命中精度は、電探連動の射撃指揮装置を提供されていたためであったことも判明した。異界の支援を得ていたのは、日本側だけではなかったのだ。
何のことはない。帝国海軍は米艦隊を漸減するつもりで、逆に戦力を消耗させられに行ったようなものだ。
連合艦隊の実質的な壊滅により、米軍はさらに勢力を拡大、マーシャル諸島に引き続き、南洋最大の拠点・トラック諸島まで占領してしまった。今のところ進撃はここで止まっているが、米軍は次なる侵攻に備えて戦力を温存しているだけであり、敵を食いとどめたわけではない。帝国海軍の戦艦部隊が軒並み修理所で戦列復帰に急ぐ間、太平洋を守れるのは巡洋艦以下の中小艦艇だけであった。
欧州戦争も激化の一途を辿っている。モスクワ攻略の失敗でつまづいたと思われた独軍攻勢だが、丁度マーシャル沖海戦の直後あたりから未知の新型兵器を投入、空陸を問わず、圧倒的な実力差でソ連軍を撃破し続けているという。これは未確認の情報だが、欧州方面でも異界兵器の介入があったらしい。かつてラ・プラタ沖で姿を消したはずの装甲艦グラフ・シュペーを見たという噂も広がっている。
もしかすると、この戦争は単なる世界大戦では終わらないかもしれない。度重なる超兵器の出現は、情勢をひどく混乱させた。
・・・ふっ、と息を吐く。
何というか・・・状況は悪化の一途を辿るばかりだ。早いところどうにかしなければ、帝国は体勢を立て直すことができないまま敗北してしまうことになる。戦争に負けることほど悲惨なことはない。第一次大戦直後のドイツを見ればそれは明らかだ。パンひとつ手にするのに恐ろしく馬鹿げた金額が必要になっていたのは有名な話だ。日本とドイツでは条件が異なるというかもしれないが・・・敗戦国に待ち受けるのはロクな未来ではない。これだけは断言できる。そうならないためにも、何らかの手を打たねばならない。可及的速やかに。
別に大儀のためにそう思っているのではない。軍人の一人として、無敵皇軍が敗れるのを看過するのができないだけだ。いかなる手段を用いたとしても、帝国を勝利に導かねばならない。想いは果てしなく広がった。・・・半ば、狂気とも呼べるほどに。
幸い、同志の数には事欠かずに済んだ。下準備も徐々に、だが確実に進行しつつある。あとは「計画」のときを待ち、実行するだけだ。
噛み締めた歯の隙間から、くぐもった声が漏れる。嘲笑。・・・いや、狂笑というべきだろうか。
雷鳴が轟いた。いよいよ嵐になるかもしれない。
だがそれもまた一興。この混沌と化した世界で、嵐に怯えるようでは生き残れはしない。
口元に手を当てる。鼻の下に伸びたチョビ髭が、何ともいえない感触を残す。口元が歪む。止められない。この歪みを止めることなど、誰にもできはしない。
あの戦艦大和すら及ばぬ究極の戦闘艦、超兵器。その超兵器を手にしたとき、これを止められる者が存在するのだろうか。否。そんなものはあり得ない。超兵器こそが最強の存在。超兵器を手にした者こそが神となる。そう。世界を統べる神だ!
歪んだ笑みを浮かべ、帝国海軍作戦参謀・神重徳は、静かにそのときを待つのだった。
第三章に続く
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