第二話 【黄昏の砲声】





 帝国海軍大佐、戦艦大和艦長・宮里秀徳は複雑な表情で海面を見つめていた。
 あれから数時間が経過し・・・・・・状況は悪化の一途を辿っていた。

 敵の動きは、こちらの予想を大きく超えていた。真珠湾から一路クェゼリン環礁を目指してくるものと思われていた米艦隊は、中部太平洋を迂回・・・ほとんど真西に近い位置から攻撃を仕掛けてきた。先陣は空母艦載機。二個航空戦隊分の航空打撃力を叩きつけられたマーシャルの基地航空隊は壊滅。滑走路は完膚なきまでに破壊、駐機中の多くの機体が地上撃破された。各島に分散配置された海軍陸上攻撃機部隊は五航戦の母艦航空隊と共に航空戦力の要であったのだが、この奇襲攻撃を受け、無力化。帝国海軍は戦力差をさらに拡大された形での戦闘を余儀なくされた。
 夕刻前に行われた航空戦では五航戦が敵空母部隊を捕捉、これに薄暮攻撃を仕掛けたが大きな戦果は得られぬまま後退。貴重な航空戦力をさらにすり潰すこととなった。
 当初の計画であった漸減邀撃構想は完全に破綻し・・・帝国海軍は劣勢のまま、米艦隊は勢いを止めることなく、状況は進みつつあった。


  ―――だからこんなことになる。

 眺めは壮快だった。無傷の米太平洋艦隊戦艦部隊が、整然と列を成して迫ってくる。黄昏の残照を背後に、重厚な艦影が大きさを増していく。その数、11。・・・13隻存在すると思われた敵戦艦だったが、そのうちのもっとも旧式のネヴァダ級2隻は上陸船団の護衛任務に回っていることが確認されていた。一方、こちらの戦力はどうあがいても7隻が限界。戦艦大和を筆頭に、第一戦隊の長門、陸奥。第二戦隊の伊勢級と扶桑級がそれぞれ2隻。ほぼ5割増しの敵を相手に、正面から殴りあう展開が待ち受けている。よほどの幸運に恵まれない限り凱旋はおぼつかないことを、宮里は確信していた。

 視線は右に動く。連合艦隊第一戦隊の長であり、今作戦で日本側の総指揮をとる艦隊司令官。近藤信竹中将。海兵35期。ハワイ作戦の後、連合艦隊司令長官をはじめ、かなりの規模に渡って実施された人事異動の結果、第一艦隊司令官に抜擢され、彼はここにいる。空母蒼龍艦橋で戦死を遂げた山口多聞大将(戦死後、二階級特進)や「闘将」角田覚治少将ほど好戦意欲に溢れた人物ではないが、その堅実な指揮能力が評価された結果だという。近藤中将の指揮如何で今後の命運が決まることを考えれば、あながち間違った判断ではないと宮里は思う。
 ましてや今回は、自軍よりもはるかに戦力に優れる米太平洋艦隊が相手だ。ひとつの戦術ミスが致命傷に達することも在り得る。連合艦隊最強の砲戦部隊を率いる指揮官の、腕の見せ所だといえた。

―――そして・・・・・・。

 その第一戦隊の右舷後方を進む戦闘艦。帝国海軍の規格から言えば巡洋艦ほどの艦艇が3隻、悠々と航行を続けている。
 第零遊撃部隊第一戦隊。瑞二号作戦の要となる、異世界からの戦闘集団。彼らこそが、この劣悪な状況を打開する「切り札」であるはずだった。
 宮里は傍らに立つ少年兵に顔を向ける。見慣れぬ水兵服に「零」の腕章。戦場に似つかわしくない流麗な顔立ちの若者は、第一戦隊に配属されたオペレーター。名はシュウ。第零遊撃部隊から派遣された補佐官の一人だった。必要なこと以外はほとんど口を開かない少年だが、ともすれば身中の虫と疑いがちな参謀達を共同歩調にまとめたのは他ならぬ彼であり、補佐官としての力量に疑う余地はなかった。

 第零遊撃部隊と連合艦隊。両者の連携が噛み合ってこそ、今回の作戦は力を見る。初手からつまづいたことで形成は不利だが、今なら逆襲は不可能ではない。
 間もなく日が暮れる。帝国海軍は旧来から米軍との戦力格差を埋める手段として夜を味方につけた。夜間視力に優れた見張り員を多数養成し、夜間砲雷撃戦の猛訓練を繰り返してきた。特に夜戦能力に秀でた第二艦隊には大きな期待が寄せられている。・・・ただ、問題は―――

「日没まであとどれくらいだ」

 近藤が苛立たしげに呻く。参謀の一人が即座に応じた。「あと1時間ほどです」
「1時間・・・」

 そう。夜戦にある種の望みをかけた連合艦隊であったが、日は未だに沈まず、太平洋の海を執拗に輝かせている。それは残照となって撥ね返り・・・・・・弾着観測や測距に大幅な制約が課せられていた。電探を持たず、測敵は光学式照準機に頼っている彼らにとって、敵を背後から照らす夕陽は大きな脅威だった。米太平洋艦隊は黄昏を背負い、こちらとの距離を詰めてくる。
 参謀が言葉を漏らすのが聞こえた。

「まさか連中、ここまで計算していたのか・・・」
「奴らの狙いはクェゼリンの他に、我々連合艦隊の撃破にある。その可能性は大いにあるな」
「長官。ここは後方に退いて、夜を待つべきではありませんか。速力に関しては我々の方が上です。後退も視野に入れるべきかと存じます」

 一瞬黙考に入った近藤だったが、すぐにかぶりを振った。
「我々の背後には、クェゼリン環礁がある。ここで後退しては、敵艦隊の射程内に収められてしまうのだ。それはできん」

 苦渋の決断というべきであった。敵艦隊発見の報告に際し、全速で距離を詰めた連合艦隊はどうにかクェゼリンと敵との間に緩衝線を敷くことができた。かろうじて戦場に駆けつけた艦隊であったが、それはすなわち、後退も許されない背水の陣そのものであった。
「我々は、ここを死守するより他にないのだ」

 戦況は決定された。―――帝国海軍と第零遊撃部隊はここで米艦隊を迎え撃ち、これを撃滅する!

「距離3万で仕掛ける。砲戦用意!!」

 決意は信号で伝えられた。後続艦があらかじめ定められた位置に占位し、戦列を整える。
 見張りが報告を寄越した。敵艦隊増速。急速に接近しつつあり。
 宮里は表情を引き締めた。いよいよ始まるのだ。帝国海軍が理想とし、米艦隊撃滅のために用意した漸減邀撃構想。目論見に反して敵は無傷のままだが、今、ここにそれが実現する!

 見張りが悪報を知らせたのはそのときだった。
「第零遊撃部隊第一戦隊、反転します! 敵艦隊から遠ざかりつつあり!」







「何だと!?」

 宮里は目を疑った。第零遊撃部隊第一戦隊。今作戦の切り札。播磨抜きでも太平洋艦隊を撃滅してみせると豪語したあの司令官が・・・・・・逃げている!? ばかな!!

「臆病風に吹かれたか、卑怯者め!」
 参謀の一人が叫んだ。それは、艦橋に居る全員の心中を完全に代弁していた。超兵器播磨。その存在があったからこそ我々は出撃した。しかし土壇場で超兵器は出せないとぬかした遊撃部隊司令官、ナギ。・・・播磨抜きでも敵を殲滅してのけるといったあの言葉は嘘だったのか。偽りに過ぎなかったというのか。
 大和の艦橋を怒りの渦が巻く。それは不信という名の怒り。第一艦隊首脳部は激怒した。ただ一人、近藤信竹中将を除いて。

「捨て置け。どこの馬の骨ともわからん輩に全てを任せる方がおかしいのだ。今はそんなことよりも、目先の戦に集中するのだ」

 ともすれば上層部を批判しているともとれる言葉だ。もしかしたら長官ははじめから遊撃部隊など当てにせず、独力で米艦隊と事を構えるつもりでいたのではないか。宮里の思いをよそに、戦場は近付く。

「第零遊撃部隊第二戦隊、第一戦隊を追って反転します」
「敵艦隊の一部、隊列を離れます。巡洋艦部隊を分離した模様」
「龍驤より、直掩隊発進完了とのことです」

 近藤が送話機を取った。その先に通じるのは・・・射撃指揮所。
「砲術長、準備はいいか? 距離3万で砲戦開始。まずは先頭艦を潰す。頼んだぞ」
 大和の主砲が鎌首を持ち上げた。世界最大の艦砲、45口径46cm砲が彼方の米艦隊を捉える。
 夜に近い時刻の砲撃戦としては、3万メートルはかなりの遠距離に分類される。帝国海軍は夜戦でも命中率を維持すべく猛訓練を重ねてきたが、果たしてその実は結ばれるのかどうか・・・。

「距離3万!」
 見張りが叫ぶと同時に主砲発射のブザーが鳴り・・・・・・雷鳴が轟いた。連合艦隊旗艦・大和は発砲した。


「長門、射撃開始!」
「日向、射撃開始!」
「伊勢、発砲!」

 次々と報告が寄せられる中、弾着のときが迫る。全員がその時間を凝視した。
「弾着・・・今!」敵艦隊の先頭を走る艦影を、巨大な水柱が隠す。しかし・・・。
 宮里は肩を落とした―――やはり初弾必中とはいかないか。

 水柱は敵艦の右舷側に集中していた。右に切れたというわけだ。射撃指揮所では砲術長が切歯扼腕しながら、第二射の準備に移っていることだろう。砲戦は彼に任せておけばいい。自分の仕事は、今のところ操艦に注意するだけだ。
 宮里は間違っていた。それはすぐに証明される。

「敵戦艦発砲! 後続艦も射撃を開始した模様です」
「この距離で来るのか・・・」
 さすがに近藤も驚いていた。合衆国海軍はこれまで遠距離砲戦は不得手としていたはずだ。ましてや夜が近い夕刻の砲撃戦でこれを挑んでくることなど予想外であった。しかも―――

「そんなばかな」

 宮里は思わずそう漏らしていた。敵の弾着は恐ろしく正確だった。周囲に海水の滝が出現し・・・それは大和を完全に捉えていた。
「初弾から挟叉だと・・・!」

 挟叉とは、砲撃散布界の中に敵(もしくは自艦)が捉えられてしまったことを指す。散布界とは着弾時の砲弾のばらつきのことで・・・・・・身も蓋もない表現を用いれば、今の大和は「次ぐらいに命中弾を喰らいますよ」と宣告されたようなものだ。
 事実、そうなった。


「艦首兵員室に直撃弾。火災発生!」
 衝撃と轟音が大和を揺るがし、第一砲塔付近から大量の黒煙が噴出する。被害はそれだけではなかった。

「長門、艦中央付近に直撃を受けた模様」
「伊勢、被弾。火災が発生しています」
 敵の命中率は群を抜いていた。いや、初手からここまで命中させることを考えれば、常識外といってもいい。遠距離砲戦を苦手としていた米海軍が、なぜここまで・・・。まさか・・・。脳裏に閃くものがあった。報告。
「山城被弾! 機関に損傷を受けた模様。落伍します!」

 宮里は顔を歪めた。山城は連合艦隊第二戦隊に含まれる戦艦の1隻で―――艦齢が30年近い老朽艦だが、36cm砲12門を有する弩級戦艦だ。24ノットに満たない低速では高度な戦術機動など望むべくもないが、それでも戦艦部隊の一角を占める重要な存在。敵新型戦艦とまではいかないが、オクラホマやテネシークラスの旧式艦には充分に抗し得ると目されていた。劣勢下にある帝国海軍にとっては何よりも貴重な戦闘艦。それが、早くも失われた。沈没こそすれ、機関に損傷を受けた状態では敵戦艦と渡り合うことはできない。

―――まずい。これは下手をすると、最悪の結果になるぞ。

 敗北。瑞二号作戦の失敗。連合艦隊の壊滅。そんな光景が脳裏をよぎる。
 米軍は強い。圧倒的な強さといっていい。開戦前の戦略会議でも「勝利は困難」という試算は出ていたが・・・・・・それでも開戦から半年は暴れられるとの目算は立っていた。日本は米国との戦闘に敗れるのではなく、工業力に敗れるだけなのだと。
 それは虚像に過ぎなかったのか。開戦劈頭の真珠湾作戦は失敗し・・・・・・今また、南洋での艦隊決戦にも負けようとしている。

 宮里は愕然とした。―――帝国が負ける? まだそうと決まったわけではない。戦いはまだ始まったばかりなのに・・・。先のことは考えるな。集中しろ。負けたときのことは負けたときに考えればいい。今は、目先の戦いを少しでも勝利に近付けるべく全力を尽くすときなのだ!

 再び大和が咆哮した。次々と浴びせられる敵弾の雨をしのぎ、世界最大の艦砲が吼える! そうだ。おれたちは敗れはしない。おれたちにはこの大和がある。帝国を・・・戦艦大和を舐めるな!

「捉えました。敵一番艦を挟叉!」

 報告はさらに続いた。

「第零遊撃部隊第一戦隊より信号。”ワレ、コレヨリ援護射撃ヲ開始ス”」

 艦橋に立つ全員が訝った。逃走を図った部隊が今更何の用だ。距離3万を超える遠距離から援護射撃だと? あんな豆鉄砲で何をしようというのだ、笑わせる。
 彼らは間違っていた。見張りが叫ぶ。「第一戦隊射撃開始。主砲ではありません!」

 ―――なに?

 「主砲ではない何か」を発射、だと? 思わず宮里は振り返り―――凝結した。

 残照に光る海面の上を、何かが高速で飛翔する。胴体後部から噴煙を噴き出し、敵艦隊に向かって突っ込んでいく。砲弾? いや、違う。砲弾が煙を吐き出して飛ぶことはない。友邦ドイツで研究されているという特殊砲弾を除いては。
 ・・・その瞬間、宮里は「それ」の正体に気付いた。あれは砲弾などではない。あれは―――

「奮進弾!」

 命中はそのときだった。







 第零遊撃部隊第二戦隊司令官・南雲忠一は、完全に間の抜けた表情でそれを見つめていた。第一戦隊の3隻から放たれた焔の槍―――大型対艦奮進弾は3万メートルの距離を正確に飛び、そのことごとくが命中弾となった。生贄となったのは米戦艦4隻。その内の1隻は先頭を進む新型戦艦、ノースカロライナ級だった。煙突を基部から吹き飛ばされた米戦艦は、いささか過剰なまでの黒煙に覆われている。そのほかの3隻も無視できぬ損傷を被り・・・・・・米艦隊の勢いは完全に消失していた。
 この状況を受け、連合艦隊の各艦が反撃を開始する。大和の第3斉射が、敵先頭艦を捉える。吹き上がる水柱の隙間から、命中弾の閃光が見えた。

「反撃開始、ですね」
 傍らから響いた声に、南雲は渋面をつくって応じる。「初めからこうすると分かっていれば追撃指示など出さずに済んだものを」
 少年、オペレーター・リンの返答は涼しいものだった。
「3万もの遠距離からぶっ放しても命中させられる奮進弾があるから我々は遠くで待機します・・・なんていってもあなた方は信用できないでしょう。だから敢えて言わないでおいたまでのことです」
「しかしおかげで敵艦隊との距離が開いてしまったではないか。味方の水雷戦隊はとっくに突撃を開始したというのに」

 そうなのだ。先の第零遊撃部隊第一戦隊の反転を「逃亡」と見誤った南雲はただちに追撃を指示、第二戦隊の全艦を率いて戦場から遠ざかることになった。故に、彼らのいる海域は、主戦場からかなり離れてしまっている。友軍の援護など臨むべくもない。
 しかし、リンの反応はにべもないものだった。
「現状を見る限り、帝国の水雷戦隊は善戦しています。今のところ増援は必要ないでしょう。それに・・・・・・」
 オペレーターは口元を歪めた。「まもなく敵主力はエライコトになりますから」
 訝る南雲が問いかけの言葉を発しようとしたとき、見張りの声が耳朶を打った。「敵三番艦に大水柱! 魚雷が命中した模様です」

(魚雷だと・・・?)
 友軍の水雷戦隊は敵巡洋艦部隊と交戦中であり、敵主力艦に雷撃を仕掛ける余裕などないはずだ。いったいどこから・・・・・・。

「第一戦隊の雷撃ですよ」
 胸中の疑念を読み取ったかのように、すばやくリンが応じる。
「水中を超高速で疾走する新型魚雷。海面下を400ノット近い速度で突き進み、回避の余裕を与えぬまま敵艦の脇腹を喰い破ります」
「400ノット・・・」
 呆然とする南雲に、少年は悠然と微笑んで続ける。
「こちらの世界では、戦闘機よりも速い高速魚雷・・・ということになりますか」
「ありえん・・・。我々の九三式ですら50ノットを越すことはできなかったというのに」
「テクノロジーの差、ですよ」

 異界からきたオペレーターは肩をすくめて見せる。

「これが我々、第零遊撃部隊の実力です。こちらの世界の戦艦など、その気になれば1ダースまとめて吹き飛ばすこともできますよ」
 南雲は視線を遠方に投げかけた。
 あれほど帝国を悩ませてきた米戦艦部隊が、第一戦隊の一連の攻撃で瞬く間に半壊してしまった。敵先頭艦はすでに炎に包まれ、後続艦も戦闘力を喪失してしまっている。雷撃は休むところを知らず無傷の戦艦を喰い散らかし・・・・・・敵主力は完全に無力化されていた。かろうじて生き延びた旧式戦艦が発砲を繰り返しているが、砲煙の響きがひどく虚しいあがきのように感じられた。

―――これが遊撃部隊。異界からきた戦闘集団の実力。

 播磨抜きでも米艦隊を殲滅して見せる。そう聞いたときは相手の正気を疑ったものだが・・・・・・たかだか巡洋艦程度の戦闘艦が3隻。たったそれだけの戦力で、連合艦隊の精鋭がてこずっていた米戦艦部隊をここまで追い詰めるとは。
 仮にこの部隊と矛を交えたとしたら・・・連合艦隊が全力で挑んだとしても勝利はおぼつかないのではないか。
 そのことに気付いたとき、南雲は戦慄した。
 もし第零遊撃部隊が帝国の敵となったとき・・・我々はこの恐るべき艦隊から祖国を守らなければならないのだ。しかし、勝てるのか・・・。たった3隻で戦艦部隊を壊滅させるような連中を相手に、どうやって戦えというのだ。しかも彼らには、まだ本当の切り札ともいうべき超兵器・播磨が残っているのだ。

 結論は明確だった。
 連合艦隊は、遊撃部隊には勝てない。祖国を守ることなどできはしない。下手をすれば、あの超巨大戦艦はただ1隻で帝国を消し去ることすらできるかもしれない。

 遊撃部隊を敵に回したときが、帝国の滅びるとき。

 杞憂に近いその想いを、南雲は振り切ることができなかった。


 戦局は終末に向かっていた。
 敵主力艦の大半は戦闘能力を喪失し、連合艦隊戦艦部隊の追撃を押しとどめる力は残されてはいなかった。
 本隊を守るはずの水雷戦隊は帝国海軍夜襲部隊との戦闘に忙殺され、救援に向かうことができないでいる。
 米太平洋艦隊の壊滅は目前だった。帝国の勝利は目前だった。

 期待は、裏切られた。



 時計が砕けた。射撃方位盤に蓄積されたデータが完全に吹き飛び、強化ガラスが慄くように打ち震える。空が妖しく色を変え、音波探信義には奇怪な波紋が刻まれた。
 青。赤。黄。紫・・・。あらゆる色彩が夕闇を染めた。
 違和感。大気がその重みを増し、体を締め付ける。息苦しい。暑い。いや・・・寒い。どちらだろう。分からない。恐ろしい。何だこの思いは。違和感は。知っている。この違和感を俺は知っているぞ。これは―――

「何故ここにいる・・・!?」

 叫んだのはリンだった。異なる世界から来た水兵。誰よりもその正体を知る人間。 「ここにはいないはずだ。あらゆる手段で奴らの潜伏海域は特定していたはずなのに・・・!」

 思いは驚愕となって現れた。「何故ここにいる!?」



「デュアルクレイター!!」






第三話 【赤に染まる海】

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