第一話 【不動の巨神】





 マーシャル諸島、クェゼリン環礁。
 サイパンやトラックといった内南洋諸島のひとつに数えられ、艦隊が停泊するに充分な泊地を持つ。帝国が保有する拠点の中ではもっとも東に位置しており、海軍はここに九六艦戦や零式水偵を配備して米軍の行動に目を見張らせていた。元々前進警戒基地として整備されていたため、対艦攻撃に必要な雷撃機や急降下爆撃機は置かれていない。それよりは索敵力を強化してより後方の基地の安全を図るのがここに与えられた任務であった。
 しかし1942年4月、状況は一変する。制空権を握るための戦闘機はもとより数ヶ月前には存在の影すらなかった爆撃機、さらには陸上攻撃機までが次々と増派された。守備戦力も陸軍二個大隊を基幹とし、軽戦車一個小隊が島を守る計画となっている。本来は単なる一拠点に過ぎなかったクェゼリン環礁に、何故これほどの戦力が集められたのか。・・・その原因は、やはり海軍にあった。


「気象状況は悪くありませんね。この調子なら、ここ一週間ほどは晴れ間が続く見込みです」
「それは何よりだな。今回の作戦では、索敵の結果が海戦の行方を左右しかねない」

 第零遊撃部隊第二戦隊旗艦・夕張の艦橋で、南雲忠一は頬をほころばせた。

「ハワイ沖航空戦ではあの悪天候のせいで発艦が遅れたからな。あれさえなければ、もう少しはましな戦いができたものを」
「そうですね。あの爆撃機を完全に食い止めることは難しかったでしょうが、爆装機の誘爆で沈んだ赤城は助かっていたかもしれません」

 ハワイ沖航空戦。南雲機動部隊と巨大爆撃機との戦闘は、そう呼ばれている。
 あのとき交戦した超兵器は、その名をアルケオプテリクスといった。意味は「始祖鳥」。並みの戦艦を遥かに上回る火力と、あらゆる戦闘機の追撃をかわすだけの速度を併せ持ち、その気になれば音速をも超える速力を発揮するという。直掩戦闘機だけで防ぐことはできなかったかもしれないが、気象条件が良ければ攻撃隊は発艦できていたはずで、あそこまで惨敗を喫することはなかったであろう。それが、ハワイ沖航空戦から4ヶ月が過ぎた現在での通説であった。艦隊を率いていた南雲は長官職を降りるはめになったが、温情措置によって再び前線に立つことは許された。もっとも、機動部隊指揮官から一介の戦隊司令官に回されたのだから、降格処分であることに変わりはないのであるが。

 そして、そのアルケオプテリクスによって空母機動部隊を失った帝国海軍は戦略の転換を余儀なくされた。すなわち、ウェーキ島攻略をはじめ、ニューギニア及びポート・モレスビー侵攻による米豪分断計画が中止され、長年の研究の末提唱された「漸減邀撃構想」が再び稼動することとなった。

 漸減邀撃構想とは、太平洋を超えて進軍する米太平洋艦隊主力を劣勢下で撃破すべく研究されていた戦略であり、敵主力艦に対し潜水艦及び航空部隊が襲撃をかけてこれに損傷を与え、しかる後に無傷の自軍戦艦部隊をぶつけるというものであった。元来、帝国海軍はこの漸減邀撃思想に沿って艦隊整備をしており、特に酸素魚雷40射線を装備した大井級重雷装艦や40ノットの高速駆逐艦島風級などはその代表格といえる。しかしこの構想は太平洋艦隊が比島(フィリピン)の在比米軍を救援に来ることを前提としており、戦争の長期化を嫌った山本元連合艦隊司令長官は真珠湾作戦を強行、計画は水泡に帰したかに思われた。だがハワイ沖航空戦の結果、真珠湾作戦は失敗。太平洋艦隊は無傷のまま帝国海軍と相見えることとなった。
 ここで再び漸減邀撃構想が浮上した。現状を鑑みて計画はかなりの修正を見ているものの、基本的な戦術に変わりはない。太平洋の制海権を手中に収めるべく動き出した米艦隊に、反撃のやいばを突きつけるのだ。南雲忠一がマーシャル沖にいるのには、こうした一連の事情があった。

「・・・それにしても、部外者の身でありながら海軍の戦略にまで干渉してきた例の司令官。いったい何者なんでしょうか」

 航空甲参謀・源田実の言に、南雲の目が細められた。

「第零遊撃部隊戦術司令官ナギ、か」
「女の軍人というだけでも異例の存在なのに、それに加えて異世界の軍などと世迷い事を・・・」
「我々は現に超兵器という未知の兵器の襲撃を受けているのだ。いまさらそんなことを言っても始まるまい」
「・・・・・・」

 しかし、源田の言葉は少なからず正鵠を射ていた。海軍の作戦計画にまで干渉できる謎の艦隊―――第零遊撃部隊。軍令部にすら存在を認めさせた異世界の戦闘集団。超兵器についての情報を与える傍ら、帝国と共に共同戦線を張ることを提案した『ゼロ・ノート』の提唱者、ナギ。そして干渉源たる超兵器。

(分からぬ。これからの戦は・・・いや、世界はどうなってしまうのだ。)

 南雲のこめかみを、一筋の汗が流れた。それは決して、南洋の暑さのせいだけではなかった。







 話は数ヶ月前・・・南雲機動部隊残存艦が本土に帰還し、数週間が経過した頃まで遡る。
 この日、南雲は軍令部に出頭を命じられた。はじめのうちは査問会に先立って行なわれる戦闘報告の詳細を問うものかと思っていたのだが、実態はまったく違っていた。海軍の中でも一握りの人間だけが立ち入ることを許される扉をくぐり席に着いた彼を待ち受けていたのは、山本五十六連合艦隊司令長官ほか重役数名・・・、そしてナギと名乗る不思議な人物だった。
 それは査問会などではなかった。むしろ、敗将にはふさわしくない機密に満ちた会談であった。山本は開口一番、気さくにこういった。「ようこそ、中将」
 それが始まりだった。見慣れぬ女性軍人の存在に困惑する南雲に、長官は彼女のことを紹介した。彼女は帝国の敵ではない、と。続いて女性本人が口を開く。「初めまして、提督。第零遊撃部隊構想『ゼロ・ノート』提唱者のナギです」

 南雲は完全に混乱した。なんだこれは。さっぱり事態が呑みこめない。
 しかしそれは長官も同じようであった。最初の方こそ言葉が出ていたものの、会議が進行するに従ってその眉間の皺の数が増えていった。きっかけは、彼女が口にした構想の話だった。

「第零遊撃部隊構想『ゼロ・ノート』本官はその実現のために馳せ参じました。見知りおきを」
「第零・・・なんだって?」
「第零遊撃部隊構想・・・ゼロ・ノートと呼んでもらって結構です」
「そのゼロ・ノート実現のために、あんな馬鹿でかい戦艦を引き連れてきたのか?」
(・・・馬鹿でかい戦艦?)
 眉をひそめる南雲に、山本が注釈を入れる。「播磨のことだよ。・・・そうか、君はまだ見ていないのだったな」

 播磨―――それは戦艦大和の試験航海時に白光と共に現われた巨大戦艦。3隻のエスコート艦を引き連れてきたが、巡洋艦クラスの大きさがあるはずのその従属艦がまるで艀のように見えたという。超大型の3連装砲塔、無数の対空機関砲群、そして・・・・・・その巨大さでありながら全力過負荷で航行する大和を抜き去るほどの高速力。・・・播磨は超兵器だった。南米と真珠湾沖に出現し、ハワイ沖航空戦では南雲に苦杯を舐めさせた大型爆撃機と同じ異界兵器。ナギが補足を加えた。
「あまり詳しいことは話せませんが、播磨は通常型戦艦2個戦隊分の火力を誇ります。速力も、こちらの世界の機動部隊になら随伴できる程度は出すことができます」
 播磨と呼ばれる大型戦艦はまだ目にしたことはなかったが、いくらなんでも戦艦2個戦隊分は言い過ぎではないのかと南雲は思った。と同時に、それが超兵器ならばありえるのかもしれないと予感が走る。脳裏をよぎったのは言うまでもない、あの音速爆撃機アルケオプテリクス・・・!

「ハワイ沖には間に合いませんでしたが、これからは我々第零遊撃部隊もこの戦争に介入します。以前のように超兵器を相手に一方的に敗北を喫することはないでしょう」
「少しお待ち願いたい」

 ナギの言葉を遮ったのは軍令部総長だった。永野修身海軍大将。日米開戦に伴い、連合艦隊司令長官と共に海軍を指揮する最高司令官。

「この戦争に介入するとおっしゃるが、それは貴官らが我が帝国と共同戦線を張るということか?」
「その通り・・・といいたいところですが、帝国側に立つとは少々異なります」
「・・・というと?」
「我々遊撃部隊が目標とするのは超兵器の殲滅。そのために必要とあれば助力も惜しみませんが、それ以外に於いては貴国がいかなる状況に陥ろうと一切の支援は致しません」

 場は混迷を極めるばかりであった。帝国の将官たちはみな一様に腕を組み、ナギの言い分に釈然としないものを感じつつ様子を伺う。永野が続けた。

「分からんな。貴官らが播磨でこちらの世界に現われたのは、我々を救うためではないというのか。それなのに共同戦線は張るという。・・・解せぬな」

 永野の眼光がナギを射抜いた。「ならば貴官らは我らの敵となる可能性も秘めているということか」
 ナギが応える。「それもありえない話ではありません」

 会場に殺気が満ちた。海軍重役たちの目に光が映る。殺意。ドア脇で待機する衛兵も襲撃に備えた体勢をとる。・・・方や、ナギの態度は涼しいものだった。

「勘違いしてもらっては困ります。我々は超兵器と仇を成すもの。超兵器に与する存在は敵となし、彼らと戦うものの味方となります。第零遊撃部隊は超兵器の敵。それ以上でもそれ以下でもありません」
「・・・・・・」
「仮にあなた方が超兵器を保有したとなれば我々は敵となりますが、現状を鑑みる限りそれはありえないでしょう。帝国海軍はすでに超兵器と交戦を開始している上、こちらの世界には超兵器を造る技術も存在しないはずですから」

 ナギの瞳に力が宿った。

「つまり、超兵器撃滅を使命とする我ら遊撃部隊は、超兵器にとっての敵である帝国と共に戦う準備があります。現在の列強各国で超兵器が与していない国はソヴィエトと大日本帝国のみ。そしてソ連には超兵器と戦えるだけの戦備がない。故に我らは、あなた方帝国海軍と手を組み、米英独の超兵器と戦う道を選んだのです。世界第3の実力を誇る大日本帝国海軍と共に戦場を駆け、相互支援を継続しつつこの世界に紛れ込んだ超兵器を殲滅する。―――これが、私の提唱する第零遊撃部隊構想『ゼロ・ノート』です」







 波涛が船体を叩いた。大洋の荒波に呑まれて、艦が左右に揺れる。南雲の意識は再び太平洋に移された。

 超兵器と戦うためにつくられた異世界の戦闘部隊。それが、第零遊撃部隊。あの謎めいた会議から数ヶ月を経た今も状況を完全に理解したとは言い難いが、ひとまず南雲が辿り着いた結論はそんなところであった。・・・とはいえ、不可思議な点が解消されたわけではない。そもそも何故遊撃部隊は超兵器を敵とするのか。また、異なる世界からどのようにして「こちら側」へ転移してきたのか。それよりも、異界そのものが本当に存在するのかどうか・・・。疑問は晴らされることはなかった。戦場は今一度彼を必要とし、散り際の桜が望遠の海に消え行く艦隊を見送った。
 マーシャル諸島、クェゼリン環礁。そこは祖国を遠く離れた、鋼鉄の艨艟たちの戦場だった。



「上空直掩隊、着艦体勢に入ります」

 見張りの声だった。言葉に促されるようにして、南雲は視線を移す。あざやかな蒼穹に銀翼が舞う。戦闘機が一個小隊。編隊を解いてファイナルアプローチへ。迎え入れるのは友軍空母。排水量1万トンの体を走らせながら収容準備にかかる。一切の突起物がない飛行甲板。その前端に取り付けられた航海艦橋。スポンソンから天を睨むのは、いささか古びた13ミリ4連装機銃座か。
 帝国海軍航空母艦、龍驤。巡洋艦並みの船体に24機の作戦機を搭載可能な小型空母。鳳翔建造の経験を生かして完成され、荒天下でも損傷しないように補強改装も施されている。前線に立つには心許ない艦だが、帝国に残された貴重な母艦戦力の一員である。本来は四航戦に所属していたが、今回の作戦にあたっては第零遊撃部隊第三戦隊に配属され、部隊中唯一の母艦航空戦力となる。彼らに与えられた任務は直掩と索敵だ。

「対潜警戒を厳にせよ」

 直線運動を強いられる着艦作業中は敵潜水艦の格好の獲物となる。南雲が命を下すまでもなかった。護衛の駆逐艦が龍驤の脇を固め、雷撃に備えをとる。

「待つ時間は長いですな」

 源田が口を開く。南雲はうなずいて返した。索敵隊を放ってから数時間が経つが、未だに敵艦隊発見の報はない。事前の情報によればそろそろ米海軍も姿を現わす頃なのだが・・・。
「今日も来ないのかもしれませんね」
 連合艦隊と遊撃部隊がクェゼリン沖で迎撃体勢を整えてから一週間になる。いい加減待つことにも飽きてきた頃だ。部下たちもあまりの変化のなさに緊張が緩み始めている。危険な兆候だった。緊張状態を維持するのは容易なことではないが、こうして弛緩したときこそが被害を大きくするものなのだ。・・・・・・幸いにして収容は無事に終わった。懸念された敵潜の襲撃もなく、龍驤と駆逐艦は定位置に戻る。

「それにしても、本当に彼らは来るのでしょうか」

 航空甲参謀の意外な言に、南雲は思わず振り返る。「どういうことだ?」
 源田の話はこうだった。

 元々この作戦は、米艦隊がマーシャルに来るとの想定でつくられたもので立案は軍令部でも連合艦隊でもなく、第零遊撃部隊司令官ナギが行なった。彼女は(というより遊撃部隊司令部は)帝国より早く米軍の行動を探知し、その目標がマーシャル諸島クェゼリン環礁にあることを突き止めた。具体的な探知手段は明らかにされなかったが、その後の諜報活動から帝国側からも確かにそれらしい動きが確認されるようになった。ほぼ同時に遊撃部隊から太平洋艦隊迎撃作戦が提案され・・・軍令部は承認した。漸減邀撃構想にも似たその計画は若干の修正を経た後に採用され、「瑞二号」と命名された。
 しかし未だ敵とも味方とも断言できぬ遊撃部隊主導の作戦とあって、不安は隠せない。もし何らかの齟齬が生じた場合、あるいは彼らに何かの意図があったとき・・・、連合艦隊はどうなってしまうのか。信用できぬ艦隊と行動を共にしなければならない現状がうらめしい・・・。

 南雲はかぶりを振った。

「いまさら後には引けぬ。艦隊はもう動き出してしまった。今は彼らを信じて戦うよりあるまい」
「・・・・・・」
「それに―――」

 視界に映ったのは夕張の前方を進む3隻の戦闘艦だった。播磨と同時に転移してきたエスコート艦。第零遊撃部隊第一戦隊。その先頭を進む艦には、遊撃部隊司令官ナギが座乗している。

「万が一奴らが裏切った場合は、この手で吹き飛ばせばよいだけだ。我々はそのためにここにいる」

 そうだった。帝国海軍巡洋艦・夕張以下第二戦隊は、第零遊撃部隊に組み込まれておきながら、離反の暁には彼らを撃沈するために遣わされているのだった。夕張はどちらかといえば大型駆逐艦といっていいような小型艦艇だが、たかだか巡洋艦程度の第一戦隊を屠るには戦艦や重巡を持ち出すまでもなく、彼女の装備する酸素魚雷で充分という認識があるためだ。もっともナギら遊撃部隊の面々には「部隊を護衛するため」と伝えているわけだが。

「いずれにせよ、我々は戦うしかないのだ。ここで勝利を収めねば帝国に明日はない。そのためならば、たとえ正体不明の艦隊であろうと手を結ぼう。そうでもしなければ、この戦力差はどうすることもできないのだから・・・」

 口を閉ざし、南雲は皺を寄せる。それは己の意思で動くことができずにいる者の、苦渋の表情であった。







 それから長い時間が過ぎた。相変わらず敵艦隊は見つからない。索敵には五航戦や第六艦隊の潜水艦部隊も参加しているはずだが、連絡はない。やはり敵は来ないのか。遊撃部隊がつかんだ情報は欺瞞だったのではないか。心の中を黒い闇が覆っていく。それは不信という名の闇。信用することのできない味方を友軍と呼ばねばならぬこの状況。帝国は早くもこんな窮地に立たされてしまったのか。・・・いったい何故。何故こんなことに。
 全てはハワイ沖。あの異様な航空戦から全てが狂い始めたのだ。本来なら太平洋艦隊など真珠湾で劫火に包まれていたものを・・・・・・あの異界兵器が。双胴の悪魔が。超兵器が狂わせたのだ!

「―――でしょうか」
 思考に捉われていた南雲は、その声を聞き逃していた。問い返す。航空参謀は、こんなことを上に立つ者が口にすべきではないと分かってはいるのですが、と前置きをして続けた。「この戦、本当に勝てるのでしょうか」
 思わず南雲は切り返していた。「かつて戦闘機搭乗員を務めあげた男の言葉とも思えないな。ずいぶん弱気ではないか」
「彼我の戦力差を考えれば、とても楽観的な気分にはなれません。・・・せめて、播磨がここにあれば別ですが」

 それを聞いた南雲は渋面を返した。


 戦艦13、空母4、艦載機総数・推定350機。それが、今回想定された敵侵攻軍の戦力だった。これは第零遊撃部隊及び帝国軍諜報部双方の情報を集積させたもので、信頼性は高い。これに対し、帝国海軍が迎撃戦力として差し向けられたのは戦艦7、空母3(うち、1隻は軽空母龍驤)。連合艦隊第一戦隊には46センチ砲を装備した大和が配備されているが、その能力を差し引いても劣勢は覆ることはない。帝国海軍戦艦部隊の技量は米軍のそれを大きく上回っているというが、戦艦2個戦隊分の差を埋めるには甚だ心許ない。当初、軍令部がこの作戦に不安を覚えた理由はここにあった。・・・だが、1隻の戦闘艦の存在が彼らの認識を変えた。それが、超兵器・播磨だった。
 ただ1隻で1個艦隊に匹敵するといわれる超兵器。ハワイ沖で機動部隊を撃滅され、今また播磨の威容を見せつけられた帝国はその実力を知るが故に彼女の戦闘力にすがりついた。圧倒的劣勢すらも凌駕する超兵器を味方に付け、真珠湾で果たせなかった太平洋艦隊殲滅という使命をここに実現せんと望んだのだ。

 ―――しかし、播磨は動かなかった。いや、動けなかった。超兵器を起動させるために必要な特殊燃料の不足。戦闘行動を行なった場合、帰還は不可能。第零遊撃部隊司令部の言葉に、軍令部は言葉を失った。しかしその事実が判明したとき、事態はすでに引き返すことを許さなかった。

「米太平洋艦隊、真珠湾ヲ出港ス」

 海軍は騒然と、遊撃部隊は悠然と構えた。一歩間違えば狂乱に走りかねない海軍上層部に向け、遊撃部隊司令官はこういってのけた。
「ご心配なく。第零遊撃部隊は、播磨抜きでも太平洋艦隊を撃滅してご覧に入れます。我々にはそのための『切り札』がありますから」

 それが転機となった。海軍はここに腹を決め、艦隊に出動を命じた。米太平洋艦隊迎撃作戦「瑞二号」が発動された瞬間だった。


―――とはいうものの・・・。
 南雲は前方を進むその『切り札』とやらを見やった。第零遊撃部隊第一戦隊。作戦立案者自らが指揮を取るとはいえ、排水量1万トンそこそこの戦闘艦が3隻。これのどこが切り札なのか。夕張の艦橋からは見えないが、あの3隻に据え付けられた備砲はどう見ても駆逐艦程度の豆鉄砲が1門だけ。大井のように雷撃力を特化させた艦かとも思ったが、そういうわけでもないらしい。あんな艦でなにをしようというのか・・・。南雲の思考は終わりのない迷宮に迷い込んだようだった。故に、彼は背後に迫った気配に気付くのが遅れた。

「・・・ご心配なく。我が第零遊撃部隊は、播磨抜きでも敵艦隊を殲滅してご覧にいれますよ」

 その声の主が誰であるかは知っていた。露骨に眉をひそめる源田の視線を、追う。背後に立つのはまだ幼い顔立ちの少年兵。見慣れぬ水兵服に略帽を被り、左腕には大きく「零」と描かれた腕章をしている。それは、彼が帝国海軍ではなく、第零遊撃部隊の―――異界の水兵であることを示していた。南雲や源田のような遊撃部隊に編入された者はともかく、遊撃部隊所属の人間は皆がこうして左腕に異界兵の証を付けている。腕章の端には、所属と名が記されていた。オペレーター・リン。第零遊撃部隊本部から派遣された連絡要員であり、帝国海軍では戦隊司令補佐官という肩書きが与えられていた。異界とこちら側の艦隊の意思を繋ぐ架け橋というわけであった。

「たいした自信だが・・・たかだか3隻の巡洋艦で本当に敵を殲滅できるのかね」

 南雲の言に、異界の少年兵―――リンが応じる。「無論です。第一戦隊は超兵器とも戦える戦闘力を誇る精鋭部隊です。外見だけで判断するのは危険なことですよ、司令」

 さらに続ける。「戦艦は我々がいただきます。連合艦隊には残敵掃討の準備さえしていただければよろしいかと」
「何だと貴様!」
「やめんか、航空参謀」
「しかし司令・・・!」

 激昂する源田を押し止め、南雲は水兵を睨みつけながら言う。

「大事の前の小事だ。今は仲間内で争って良いときではあるまい」
「・・・・・・」
「補佐官。君も連絡要員という立場をわきまえない発言には気をつけたまえ。今回だけは見逃してやるが、次はないものと思いなさい」

 無言で答礼するリンを、視界から外す。源田が今にも掴み掛かろうとする衝動を必死で抑えているのが見えた。不意に源田を解き放ってやりたいとの思いが込み上げてきたが、戦隊司令官という立場がそれを抑え込んだ。
 艦橋の強化ガラスから外が見える。少し雲が出てきたようだ。太陽が隠れ、空が灰に色を染める。

 誰も気付かぬうちに、南雲は顔を歪めた。第零遊撃部隊。異界。超兵器。何もかもが恨めしい。花の機動部隊司令官から弱小の水雷戦隊司令官へ。これも全てはあの奇怪な航空戦から始まった。あの超兵器との戦闘から。
 異界。それが全ての始まり。・・・第零遊撃部隊もまた、その一要因に過ぎない。例え今は味方であろうとも、完全に信用することなどできはしない。この世に在らざるべき存在。異界兵器。


 南雲の胸中は穏やかではなかった。異界に関わるもの全てに対する不信感が、心の奥底から沸いてくる。その溝を埋めることができないまま、状況は確実に推移しつつあった。
 そして正午を過ぎる頃、待ちわびた報告が届く。それは期待を裏切る形でもたらされた。


「クェゼリンが空襲を受けている、だと?」


 曇天は晴れる気配を見せなかった。









第二話 【黄昏の砲声】

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