第二話 【生還への道】




 

聞いたことがある。
ただ一隻で一個艦隊に匹敵する能力を持ち、「そいつ」が現われるときには奇妙なノイズが発生するという。
現在の技術では製造不可能な動力機関を搭載し、異常ともいえる機動性を誇る異界兵器・・・



その名を、超兵器という。





「・・・ただの戦場伝説だと思っていたのだが、実在したのか」

 空母加賀の作戦室に、陰鬱と困惑がない混ざった声が響いた。

「まだ超兵器と決まったわけではない。米軍の新型爆撃機の可能性もあるだろう」
「超兵器ではないと断言することもできまい。あの火力は、どう見ても20cm以上の大口径砲によるものだ。そんな馬鹿でかいものをたかが爆撃機ふぜいが搭載できるわけがなかろう」
「米軍のB−25には戦車砲を搭載した掃射型があると聞く。その派生型ではないのか」
「あんな巨大な爆撃機がB−25であるはずがないだろう。どう考えても超大型の戦略爆撃機だ」
「B−17の後継機か?それにしては大きさが違いすぎないか?」
「なにより、あいつにはプロペラが確認できなかったぞ」・・・・・・。

 会議は収束の気配を見せなかった。
 あれから二時間が経過し・・・赤城・蒼龍・飛龍の3空母を葬り去った敵巨大爆撃機は東の空に消えた。行く先はハワイであろうか。燃料・弾薬の補給を済ませた後、再び艦隊に襲い掛かってくるかもしれない。燃え盛る赤城からかろうじて生還した艦隊司令部の面々は加賀に将旗を移し、残存艦をまとめる傍らで対策を検討していた。だが。

「本当に超兵器なのか?飛行型の超兵器など、噂にすら出ていないぞ」
「それを言うなら、超兵器の存在そのものがあやしいのだ。」
「超兵器と最初に遭遇したのはドイツ海軍だろう。ラ・プラタ沖でシュペーを救ったのが大型の高速戦艦だと聞いている。ドイツからは何も知らされていないのか?」

「残念ながら、彼等はなにひとつ有効な手掛かりを教えてくれなかったよ」

 参謀たちの視線が南雲に集中した。頭部と身体の一部に火傷を負ったため、包帯を巻いたままのいでたちだ。もっとも、南雲だけがそんな姿になったのではない。並み居る参謀のほとんどは、なにがしかの傷を負っていた。

「軍令部ですら風の噂程度の情報しかつかめていない。それが本当に超兵器と呼ばれる兵器であったのかさえ確証が得られないのだ」

 南雲の言葉に、周囲の空気は重みを増していくのであった。







 伝聞によれば、超兵器の存在が初めて確認されたのは1939年、南米のある海上においてだという。
 この日、ウルグアイのモンテビデオ港に一隻の艦が現われた。ドイツ第三帝国海軍の旗を掲げたその艦の名は、アドミラル・グラフ・シュペー。排水量一万トンの船体に28cm砲を搭載し、長大な航続力を以って英国の通商路の破壊に努めていた装甲艦。彼女は中立港であるモンテビデオに入港を求めた。英国海軍の追撃部隊に追われ、ドイツの誇る戦闘艦はこれと交戦の末、損傷を負ってこの商港に逃げ込んできたのである。ウルグアイ政府はこれを容認したが、怒ったのは英本国であった。あらゆる手段を以って同国政府と交渉を続け、シュペーの入港を二四時間に限定するよう認めさせた。
 困ったのはシュペーの乗員であった。中立国に逃げ込んで修理の時間を稼ぐはずが、逆に窮地に追い詰められてしまったのだ。ウルグアイ政府はどうあがこうと二四時間しか認めない態度を取り続けたし、英追撃部隊には港外を封鎖されてしまった。シュペーは28cm砲6門を有する戦闘艦だ。装甲こそ充分ではないが、この巨砲を以って突破を図れば活路は見出せるかもしれない。港を封鎖している艦隊は軽巡洋艦を中心とした小型艦艇。勝算は零ではない。艦尾には魚雷発射管も装備している。
 しかし、シュペー艦長ラングスドルフは紳士であった。これ以上の戦闘行為は戦死者を増やすだけの望み薄い戦いと判断。英艦隊との決戦を望まず、シュペーもろともこの南米の港で消え行くと決断した。自沈のために総員退艦を命じ、キングストン弁を解放しようとしたそのとき・・・「それ」は現われた。

 それまで澄み渡っていた空が妖しく輝き、英国艦隊の背後に閃光が走った。あらゆる通信機器が異常を起こし、シュペーご自慢のレーダーでは奇妙なノイズが確認された。白濁の光に彩られて姿を見せたのは、誰も知ることがなかった大型の戦艦。登場と同時に速度を上げた未知の戦艦は、前方の英国艦隊に牙を剥いた。巡洋艦が三隻。それらが南米の塵となるまで、10分とかからなかったという。
 その後、グラフ・シュペーを護衛するようにラ・プラタ沖を遊弋した戦艦は彼女の出港を見届けると、足並みを揃えてウルグアイの港を後にした。その現場を見た市民や英国艦隊の生存者は、不気味に口を揃えてこう言うのだった。


あの艦には人の気配が感じられなかった・・・



「馬鹿馬鹿しい。幽霊船が英国艦隊を殲滅して去っていったなど・・・荒唐無稽にも程がある」
「しかしシュペー追撃部隊が本国に二度と帰還しなかったのは事実だ。英国政府もそれは認めている。・・・そして、グラフ・シュペーもな」
「・・・・・・」

 南雲の話は程度の差こそあれ世界中に摩訶不思議な南米の奇跡として知られており、いまさら聞いて驚くというようなことはなかった。だが、この話には続きがあった。というより、続きがなければならなかった。・・・そう。ウルグアイを離れた二隻の戦闘艦は何処へ消えたのかという点だ。実はこのことが一切触れられていないのである。
 ラ・プラタ沖の海戦の模様は先のように比較的細かい部分まで伝わっており、展開の流れそのものをつかむのは容易といえる。であるならば、あの二隻が大西洋に消えた後の部分も、多少は漏れ伝わっていてもおかしくはない。いくら航続距離が長いドイツ艦でも、一切の補給なしに延々と航海を続けることなどできはしない。燃料や食糧の補充、それに乗員たちの休息も必要だ。ドイツの港ではないにせよ、どこかに錨を降ろして船体を休めないといけない。機関の整備も、長い遠征のあとには必須である。それなのに・・・あの南米の海戦から二年間、世界のどの港湾施設でも彼女らの姿は確認されていない。大西洋、インド洋、北海。そして太平洋にすら、あの戦闘艦の走った痕跡さえ見つけることはできなかった。







 沈黙が会議室を押し包んだ。再び悪化しつつある天候は青空を隠し、加賀の雰囲気は曇天と同じ色に染められた。
 波涛が船体を叩く。強風が窓ガラスにぶつかって、荒い音をたてた。

「これからどうなさるおつもりですか」

 源田が言った。視線はまっすぐに南雲に向けられている。周囲の参謀も彼にならった。

 海軍の至宝とも言うべき正規空母3隻を失い、多くの乗員が還らぬ人となった。一朝一夕には育てることのできぬ訓練された乗組員たち。あの巨大爆撃機との空戦でもかなりの機体と搭乗員が犠牲になった。帝国の命運を託されて出撃した世界最強の機動部隊は、あの30分にも満たない戦闘で戦力を半減させられ、作戦計画は完全に瓦解。任務中止も止むを得ない最悪の状況といえた。
 結論はすでに出ていた。南雲は躊躇することなく口を開いた。

「作戦は中止。残存艦艇をまとめた後、我が艦隊は撤退する」

 参謀たちの反応は予想通りであった。憂慮深げに溜め息をつく者、怒号をあげて継戦を唱える者、ただただ沈黙を守る者・・・。南雲は喧騒が収まるのを待って、静かに続けた。

「諸氏の無念さはよくわかる。この日のために少なくない月日を訓練に費やし、長い時間を経てようやく辿り着いたこの太平洋の果て。撃滅すべき目標に触れることもできず、敗北を受け入れて兵を引くなど・・・我々は何のためにここまで来たのかと嘆くこともあろう」

「しかし我々はまだ負けてはおりませんぞ」

 応じたのは源田航空参謀だった。過剰なまでの闘争心が彼の顔を紅潮させているのは容易に見て取れた。

「巨大爆撃機の襲撃により空母3隻を失いはしましたが、艦隊にはこの加賀をはじめ、五航戦の翔鶴・瑞鶴が残っております。これらの搭載機をかき集めて真珠湾に投入すれば、戦艦の2隻や3隻を屠ることは困難ではないと信じております!」

 同感だ、というように何人かの参謀がうなずいた。しかし。

「闘志あふれるのは結構だが、今は冷静に状況を判断しなければならないときだぞ、航空参謀。真珠湾に攻撃隊を放つことは、それすなわち艦隊直掩機の減少を意味する。ただでさえ心許ない防空戦力をさらに薄くするのは危険過ぎる。・・・それに、五航戦は戦闘機をほとんど搭載していないことを忘れたか?」

「・・・・・・」

 草鹿の的を得た指摘に、源田は反論の術を持たなかった。もともと急場で作戦に参加することになった五航戦の二空母は、どちらも戦闘機を一個小隊程度しか搭載していない。先ほどの防空戦でも少なくない数の戦闘機を失ったため、その戦力は更にガタ落ちとなっている。

「戦争はまだ始まったばかりだ。ここで空母部隊をすり潰してしまっては後の戦にも甚大な影響を及ぼすことになる。痛恨きわまる選択だが、ここは捲土重来を期すべきときだと思う。今は、恥を忍んで耐えるときだ」

「・・・わかりました」

 源田の言葉で、部屋の雰囲気がいくらかは和らいだ。
 南雲はもう一度うなずいた。

「では、本土に戻るとしよう。雪辱の機会があることを信じて・・・今は、帰ろう」
「はっ」
 艦隊司令部は再び動き始めた。航海参謀が針路を割り出す。

「航空参謀」

 うなだれた様子の源田に向け、南雲は穏やかに言葉を紡いだ。

「敵巨大爆撃機の脅威はいまだ去っておらん。奴がもう一度襲撃をかけてきたときに備え、最適の防空配備を編み出すように」

「長官・・・」

 源田の目に力が戻った。軍人にふさわしい闘志をたたえた瞳で鮮やかに敬礼を返す。

「了解しました!」



 傷付き、多くのものを失いながらも、艦隊は進むことをやめなかった。
 晴れ間の中に姿を見せた陽光を背中に浴びながら、鋼鉄の戦船たちは歩み続けた。

 生還に向けての航海だった。










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