竹中家臣団


 竹中十六騎は、竹中半兵衛と久作が稲葉山城を乗っ取った際に従った家来たちの総称である。
あまりに見事なクーデターゆえに史実でないなどと説く人もいるが、そのメンバーは全て実在している。竹中姓が多いのは半兵衛の没後、色々な大名に仕えた際、便利だったからであろう。血縁者たちはこぞって竹中姓に改めた。
 この十六人という数に対して半兵衛や久作が入るのか分からずに勝手なことを書いてる著名人を多く見かけるが、全部で十八人である。人質として初めから城内にいた久作は戦闘には加わっていない様子である。この久作は姉川合戦で高名していて、勇猛な武将と思われがちだが、実は下の不破矢足からのもらい首である。
 半兵衛の没後、家を継いだが本能寺の変の時、領内の一揆勢にあっさり首をかかれているから、猛勇とは思えない。半兵衛の遺児・重門が幼少だったため、領地は公収されて竹中軍団は四散の憂き目を見ることになる。
 なお、徳川十六将とか後世の呼び名があるが、この竹中十六騎は偶然十六人になったもので、創作ではない。(原点資料参照)




(1)喜多村十助→不破矢足を見て下さい。

(2)竹中五郎作=半兵衛の従弟。後の竹中周防守重定。
 
(3)所太郎五郎=後の竹中善左衛門。


(4)伊藤治右衛門
 不破矢足の隠居後の重鎮。

(5)竹中勘左衛門
 竹中半兵衛の義父安東守就の五男。
 
(6)後藤小兵衛
後に、京都の竹中分家に転仕した。

(7)橋村若狭守
竹中家臣として3代つづいて断絶した。

(8)沢右京=後の竹中河内守。
 竹中重元の婿。

(9)永井小右衛門
 安東守就の四男・永井雅楽頭の子。
 
(10)杉山内蔵助
 半兵衛の伯父。杉山家は近江国の土豪。

(11)竹中文右衛門
 杉山内蔵助の末子。

(12)外村(とのむら)九兵衛=後の竹中奥右衛門。
 
(13)竹中筑後守
 明泉寺住職了願(新七郎)の長子という。
 
(14)竹中七郎左衛門
 明泉寺了願の次男。

(15)阿波彦六=後の阿波鳴戸之助

(16)牧野六兵衛
竹中家解体後、同地を去った。


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