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●99年4月〜8月
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▼ タリバーン本拠地で爆発 (99年8月26日付朝日新聞)  |
アフガニスタンからの報道によると、タリバーンの本拠、南部カンダハルで 8月24日夜、爆発があり、6、7人の死者が出た。同勢力によると、 最高指導者モハマド・オマール師の自宅近くでトラックが爆発した。 オマール師は無事だった。
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タリバーンがバーミヤンを奪回 (99年5月11日付朝日新聞) |
カブールからの報道によると、タリバーンは5月9日、北部同盟勢力から バーミヤンを奪回した。タリバーン以外の情報からも確認された。
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▼ タリバーンがバーミヤンに反攻 (99年4月30日付朝日新聞) |
カブールからの報道によると、タリバーンは4月28日から千人以上の 兵力を動員してバーミヤンへの反撃を本格化した。
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▼ 北部同盟がバーミヤン奪回か (99年4月22日付朝日新聞) |
カブールからの報道によると、タリバーンと北部同盟との激戦が バーミヤンであり、4月21日、北部同盟側がこの町を奪回したとの 情報が流れている。
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▼ タリバーンが対話再開拒否 (99年4月14日付朝日新聞)
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国連報道官は4月12日、タリバーンとマスード元国防相らの率いる 反対勢力との和平交渉が決裂したことを明らかにした。3月の交渉を経て 進展が期待されていたがタリバーンが交渉再開を拒否した。
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●99年1月〜3月
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▼ 日本の大使が視察訪問 (99年3月24日付朝日新聞)
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駐パキスタンの久保田大使は3月23日、国連機で首都カブールに向かった。 情勢の視察を目的とし、25日まで3日間滞在する予定。
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▼ 連立合意を国連次席代表が歓迎 (99年3月24日付朝日新聞)
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国連アフガニスタン特別ミッション(UNSMA)のテッソリエーレ次席代表は 3月16日、記者会見し、アフガニスタンの紛争両派が連立政権作りにむけて 合意したことを歓迎する、と述べた。
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次回協議は来月
(99年3月16日付朝日新聞)
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国連アフガニスタン特別ミッション(UNSMA)は3月15日、トルクメニスタンの アシガバートで合意された両派の声明書を公開した。合意条項には選挙と 停戦が盛り込まれておらず、その点では意見が分かれたとみられる。
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▼ 共同政府樹立へ合意 (99年3月15日付朝日新聞夕刊)
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トルクメニスタンのアシガバートからの報道によると、 タリバーンとマスード元国防相らの反対勢力は3月14日、国連仲介の 和平交渉で停戦に向けて共同政府を作ることで合意した、との声明を発表した。 [声明の主な内容]
・行政、立法、司法の組織を共同でつくる。 ・20人ずつの捕虜をできるだけ早期に 国際赤十字委員会(ICRC)を通じて交換する。 ・次回の交渉をアフガニスタンで開く。
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▼ 国連職員が現地復帰へ
(99年3月14日付朝日新聞)
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昨年8月に地元職員を除く全要員をアフガニスタンから撤退させていた国連は 3月12日、今週から人道援助要員を中心に段階的な復帰を始めると発表した。 タリバーンが要員の安全確保を保証したため。
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▼ 2勢力が和平交渉へ
(99年3月11日付朝日新聞)
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タリバーンと、マスード元国防相らの北部同盟の代表が、3月10日までに 和平交渉のためトルクメニスタンに入った。和平交渉は4日間の予定で、 停戦や捕虜の交換について協議する。 国連のブラヒミ・アフガニスタン担当特使と、トルクメニスタンの シフムラドフ外相が仲介した。
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▼ ラディン氏が消息不明に (99年2月15日付朝日新聞夕刊)
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サウジアラビア出身の富豪、オサマ・ビン・ラディン氏が滞在先のアフガニスタン から姿を消した。タリバーンの広報担当者が、どこにいるかわからないと認めた。
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カブールで地震 (99年2月13日付朝日新聞夕刊)
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タリバーンのラジオ放送が2月12日伝えたところによると、首都カブールと その近郊で11日夜に地震が発生し、50人が死亡、200人が負傷した。
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▼ 米とタリバーンの高官が直接対話 (99年2月13日付朝日新聞夕刊)
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米国のインダーファース国務次官補は2月3日、イスラマバードで タリバーンの宗教指導者アクンド氏と会談した。
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中国代表団がタリバーンと協議へ (99年2月1日付朝日新聞)
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中国の外務省代表団が1月31日、タリバーン政権との協議のため 首都カブールに到着した。タリバーン政権に対し、反タリバーン勢力との 国民和解政権樹立を働きかけるとみられる。
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